3000HITお礼部屋 | ナノ
哀れな男は今日も掌の上で踊る
はちみつホリック(その後)

昨日美術室に一人で呼び出された俺は、何故かニヤニヤしている宇髄先生としのぶさんから突然こう命じられていた。

「なまえさんの飴玉はお家にもストックがあったという話でしたよね?それらが全て本当に消えたのか、善逸君に確認してきて欲しいんです」
「写真や口頭確認じゃ駄目だぞ。ちゃんとお前自身の目で派手に確認して来いよ」

派手に確認ってなんだよ…と思いつつ、もういちいち突っ込んだりはしない。真面目で素直な俺は休日である今日こうして、早速なまえちゃんの家にお邪魔している。
前回は玄関でお暇したから、部屋まで入れてもらうのは初めてだ。お、女の子の部屋に入るの自体、初めて。ききき緊張するなあ…。
「ここ」と案内された2階上がってすぐのドアを開けると、中はベッドと勉強机しかない質素な光景が広がっていた。カーテンは無地のベージュ、ラグは敷かれてすらいない。その勉強机の上に、梅干しを漬けるのに使えそうな大きめの瓶がひとつ乗せられていた。中身は、空っぽ。

「あれに飴玉入れてたんだよね?」
「うん。前は、いっぱいになってた。あの日帰ってきたらもう、何もなかった」

でもどうしても捨てられなくて…と空の瓶を見つめるその横顔に、今はそれでいいと思うよとそっと声をかける。なんにせよ、これであの人たちから課せられたミッションはクリアしたというわけだ。

「お仕事、おわった?」
「うん!俺はそもそも最初から疑ってなかったし、ねぇぇぇ!?」

ぎゅむ。
すすす、と俺の後ろに移動したなまえちゃんの腕が突然俺を抱きしめた。当然、俺の頭は大パニックに見舞われる。声だって最後の方はひっくり返ってしまった。
でもなまえちゃんはそんなのお構いなしに、俺の肩甲骨辺りに額をぐりぐりと押しつけて遊び始める。「ぜんいつの匂いがする、」なんて嬉しそうなくぐもった声が背中越しに聞こえて、ぶわわっと全身から汗が噴き出すのを感じた。大丈夫!?俺、汗臭くない!?

彼氏彼女という関係性になってから常々感じていることがある。それはなまえちゃんがかなりのスキンシップ好きだということ。向こうから手を繋いでくるのは当たり前、信号待ち等で立ち止まろうものならぴたりと横並びに体を密着させて頭を俺に預け、立ったままメニューを選ぶような店ではそれに加えて腕を絡ませてくる。その度に俺は心臓がまろび出そうになるんだけれども、めちゃくちゃ自然にやってくるのでなまえちゃんは特に何も考えていないんだろうな。あまりにも幸せそうに俺の手をにぎにぎと弄っている横顔を見せられて、恥ずかしいからあんまりくっつかないでなんて言えるわけがない。というか、俺だって好きな子とベタベタするのは大大大歓迎ですし。
でもこれまでは外で会ってばかりだったから、流石に抱きつかれたことはなかった。腰の横を通って臍の下あたりで交差する手。すん、と匂いを嗅がれる音。感じるような、感じてはいけないような、背中越しに主張してくる、柔らかな膨らみ。…まろび出る!これは本当にまろび出ちゃう!!

「あー!暑い!暑いね!?窓開けようかな!?」

ピャッ!と体を離した俺は、窓に駆け寄り急いでそれを全開にした。火照った顔に柔らかい風が吹き付けて少しだけ熱を下げてくれる。そうなると急に、ハグを拒否したみたいになって傷つけてしまったかも!?と焦りが生まれてきて慌てて振り返ったけど、なまえちゃんは腕をななめ前に出したままの中途半端な体勢でキョトンとしながら、「そうかな…?」なんて不思議そうにしていた。よかった。気にしてないみたいだ。
とりあえず己を鎮めることには成功したけど、何かほかにも空気を紛らわせられるものはないかと急いで部屋中に視線を走らせる。するとすぐに、ベッドの上に置かれたこの質素な部屋に似つかわしくないそれが目についた。

「あっ。あれ!俺がとってあげた…」
「うん。わたしのたからもの」

まだなまえちゃんが鬼の力を行使していた頃、強引に連れて行ったショッピングモールのゲームセンターで取ってあげたスズメのクッション。彼女は嬉しそうに顔を綻ばせてベッドに駆け寄ると、クッションをぎゅうと抱きしめてそれに腰掛ける。可愛らしくデフォルメされたスズメはあの日より明らかにくったくたになっていて、頻繁に抱きしめたり寝転がったりしてくれていたのかなと想像できて思わずジーンとしてしまった。
なまえちゃんの宝物をもっともっと増やしてあげたい。この殺風景すぎる部屋を沢山の思い出で彩って、居るだけで楽しくなれるような空間にしてあげたい。そんな思いが唐突に膨らんで、俺はポケットからスマホを取り出しながらなまえちゃんの右手側に腰を下ろした。

「そういえばさ!今度のデートなんだけど、ここどうかなって思ってるところがいくつかありましてね!?」

右手でスマホを操作して、こことか、ほらここも楽しそうだよね、と以前から目をつけてブックマークしていたウェブサイト達を表示させ、彼女の方へ傾ける。なまえちゃんはクッションを抱きしめたまま興味津々でその画面を覗き込んできた。
一つのスマホを二人で見るなんて、どうやっても密着することになる行為をすれば、ただでさえスキンシップの多いなまえちゃんが何もしないわけがなく。こてんと俺の肩に頭を乗せて、くっついている方の手を取り、その上指まで絡めてくる。どうしても艶かしく感じてしまうその動きに、治っていた熱がまたズクンと高まるのを感じた。

年頃の男女が、密室で二人きり。キスマークひとつだけでなんとか我慢してみせたあの日とはもう訳が違う。よく考えたらさ、今の俺となまえちゃんは恋人同士なんだから、そういうことをしても何ら問題はないはずじゃんか。思春期の男を舐めてもらったら困る。大好きな女の子からこんなに何度も無防備にくっつかれちゃって、もう我慢の限界だわ馬鹿。
スマホをベッドに置いてその顔を見つめると、最初は少し不思議そうにしていたなまえちゃんもすぐに察して目を閉じてくれる。ゆっくりキスして、離す。普段はそれだけで終わりだけど、今日は、その先へ。
少しずつ口付けを深くしながら、華奢な肩を掴む。腰を浮かせて体重をかければ、その体はいとも簡単に倒れ、ベッドに沈み込んだ。

「んっ…ぜんいつ…」

キスの合間に漏れる吐息に混じって名前を呼ばれ、この愛しい女の子をいますぐ自分のものにしてしまいたいという支配欲が体の中で一気に膨らんでいく。ああでもそういうことするなら、窓はちゃんと閉めないとな。熱く煮えたぎる頭のやけに冷静な部分がそう告げふと目線を上げると、窓の外を走る電線に仲良く並んでとまっていた烏と雀と目が合った…気がした。

「ふぁ、あ……?ぜんいつ…?」

烏と、雀…?咄嗟に唇を離して窓の外をぽかんと眺めていたら、とろとろに溶けた表情のなまえちゃんが組み敷かれたまま不思議そうに俺を見上げた。
現代でも鎹鴉がいるなんて話は聞いたことがない。でもあの二羽は、まるであの頃彼らがそうしていたかのように俺たちを観察している…ような気がする。そして脳裏をよぎる、昨日のあの二人。

宇髄先生もしのぶさんも、
やたら『 ニ ヤ ニ ヤ 』してなかったか…!?

「ッアアアァァァアアアごめんね!?勢い余っちゃったよ!!怪我とかしてないかな!?大丈夫かな!?」
「えっ…う、うん、だいじょうぶ…」
「そうかあよかったよかったァー!!じゃあさ!さっき見せたとこの一個目、行こう!今日からキャンペーンやってるって書いてあったよね!?善は急げって言うじゃない!?もう行こう!今すぐ行こう!!!」

体を支配していた熱なんて、一瞬でどこかに飛んで行ってしまった。ドタバタと身を起こし、なまえちゃんのことも引っ張り起こして、自分のスマホとなまえちゃんの鞄を引っ掴んで部屋を飛び出す。突然機敏に動き始めた俺になまえちゃんはめちゃくちゃ戸惑っている音をさせつつも、「わ、わかった…!」と従順について来てくれた。
まだ目を白黒させているなまえちゃんがドアの鍵をしっかり閉めている横で、彼女にばれないように先程の電線をギンッ!と見上げてみたけど、あの烏と雀はもうどこにも居なくなっていた…。



翌月曜日。廊下で仲良さげに話してくださりやがっている宇髄先生としのぶさんを見つけた俺は、早速二人を問い詰めた。「俺となまえちゃんが密室で二人きりになるよう仕向けた上にィ!?あれやこれや励む様を観察しようと鎹鴉まで遣わせるなんて、悪趣味が過ぎるんじゃないですかねェェ!?」と。

「鎹烏は今はもう居ませんよ。それにもし居たとしても、そんな野暮なことするわけないじゃないですか!ねえ?宇髄先生?」
「当たり前だろ。元柱として、命じた以上の意味はねえよ」

……は?じゃあなに?あの烏と雀は、たまたま種族の壁を超えて仲睦まじい二匹が、これまたたまたまあの時あの場所に居合わせただけってこと?そんなことあるゥ!?
でも、いつも通りニコニコしているしのぶさんと呆れ顔の宇髄先生からは、嘘をついてる音はしない。どんな偶然だよボケェ!と内心憤る俺を見下ろしていた宇髄先生が、けれど突然ニヤリと悪い顔で笑ってみせた。

「でもまあ、『同窓会』で見たあの嬢ちゃんはやたらめったら善逸にくっついてたからなァ。お猿さんな年頃のお前らなら?そういうこともあるかとは思ったがな?…で?どうだったんだよ?ハ・ジ・メ・テ・は?」

しのぶさんも、今度は無言で微笑んでこっちを見つめている。つまり、俺は。真面目な任務にかこつけて、その実この二人に遊ばれていたというわけだ。さらに、あの謎の烏と雀のせいでせっかくのチャンスもふいにして。据え膳食わぬは何とやら、今の俺はまさにその状態というわけで。
もう我慢がならなかった。怒りで思わず溢れでた涙を目に浮かべながらあげた俺の心からの叫びが、悲嘆と後悔をのせて今日も学校中に響き渡る。

「〜〜〜〜ッッ!!この変態クソ教師ィィィィィ!!!」

駅を挟んで向こうのなまえちゃんの学校まで、その叫び声は聞こえたとか聞こえなかったとか──。




さくら様『完結後の《はちみつ》で、素直になった夢主が善逸に甘えて何度も抱き付くお話』というリクエスト内容でしたが、いかがでしたか?『過剰なスキンシップにドキドキ』を通り越して、若干危ういところまで行きそうになりましたが大丈夫でしたでしょうか…!?
夢主の純粋素直なところが好きだと言っていただけてとても嬉しいです。そして、ラブラブになった二人の幸せ?なお話が書けて私もすごく楽しかったです!
これからも何かしら更新していきますし、はちみつやびいどろ玉のお話をリクエスト以外でまた書くこともあると思いますので、お時間ある時に遊びに来ていただけましたらありがたいです。
素敵なリクエストを送っていただきまして、本当にありがとうございました!!


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