ブフオ | ナノ


handa.S



付き合って、初めてだったんだ。名前が俺の名前を呼んでくれたのは。


俺が「名前」と呼ぶようになるまで、そんなに時間はかからなかった。付き合い始めてすぐ「名前で呼んでも良いか?」と聞いた。「良いよ」そう言って笑ってくれた顔を見て、すごく嬉しくなった。


ところが名前はそうではなかった。普通、俺が名前で呼べば名前の方も俺を名前で呼んでくれるようになると思ってた。


単純だと言われてしまうかもしれないが、名前で呼び合うってすごく特別なことだと思うんだ。お互いがお互いに「特別」であるという証…俺はそんな風に考えていたりするのだけれど。


一度だけ名前に「お前は俺のこと名前で呼んでくれないよなー」と言ってみたことがあったけど「名前で呼ぶとか無理」と言われた。勿論、それで傷付いたわけではなく、彼女が恥ずかしがりなのは知っているので深くつっこまなかった。


最初のうちは名前で呼んで欲しいなんてしょっちゅう考えていたりしたものだけど、さすがに慣れてきたと言うのか、時が経ってそんな願望さえも忘れていた。


ところがいきなり「真一」と、確かにそう呼ばれた。不意打ちなんて実に卑怯である。夢心地とは正にこのことか、体がフワフワと浮いているような気さえする。


「半田」


名前の声がする。やっぱり名字呼びのままなのか、と思った。


「私好きな人が出来たんだ」


なに言ってんだよ。


「ごめんね」


は?


「空介」


誰だそれ


「半田ごめん、彼女は僕がもらっていくね」


松野空介……マックス!?は、意味分かんねー2人してごめんってなんのことだよ。好きな人って、もらっていくってなんだよ。しかもお前名前呼びなんて!!


「許さねえ…ぞって、あれ?」


眼前に広がっているのは真っ暗な俺の部屋だった。「なんだ、夢か」と呟いて、ため息を吐く。


ところでどこからが夢なんだ?マックスと名前が、ってのは夢なんだろう。なら名前に名前で呼ばれた、




これは夢?現実?頬を抓ってみるか



「真一」
脳内で甘く響く、これは、現実に違いない。頬が緩むのを感じながら再び眠りについた。






(しおり)