ブフオ | ナノ


handa.S



「それでさ」
「うん」


名前とこうして電話をするのも、もう何回目だろうか。帰ってきて、御飯食べて、風呂に入って、寝る前に名前と電話。今までに幾度となく繰り返してきた行動は、もはや日常生活の一部である。


付き合い始めた頃は、それこそ無言なんてこともしょっちゅうだった。気まずいけど、嫌ではない。結局俺は名前が好きなのだろう。


…なんて自分の初々しい過去を引っ張り出してきて思いを馳せていた。


「半田?」
「ん?」
「なに考えてたのー」
「ああ、過去の俺は可愛らしかったな、ってさー」
「自分で言うな!私は今も昔も可愛らしいけどね」
「…」
「…なんか言ってよ」
「確かに、今も昔も可愛いかな」
「…、は!?」
「照れんなよ」
「バーカ」


くくっと笑いながら枕にぽすんと顔を埋めると、洗剤の匂いがした。母さん洗濯したんだな、と頭の隅で考えながら名前の話に耳を傾けている、と急に眠気がおしよせてきた。


今日は練習大変だったしな…。


鼻孔をくすぐるような洗剤の匂いと、耳から流れ込んでくる名前の声が頭の中で溶け合って、今すぐにでも寝てしまいそうだ。


「半田?」 


返事をしなくなった俺に、名前が心配して声をかけているのが分かる。分かるのに声が出せない、出したくない。


「寝ちゃったの?」


違う寝てない


重い口を開いて、そう言おうとした時


「…真一」
「え、ええ、今、名前…」
「あ、お、おおお起き、て、っ、な、なんでもない!」
「あ、おい!」


聞き間違えるわけがない。眠りに落ちそうになったのは事実だが名前の口から、確かに聞こえた。


「初めて、呼ばれた…」


そう、付き合ってから初めて呼ばれた俺の、名前。耳元で流れていた、通話終了の機械音さえ少しも気にならない。


ふと時計を見ると、今日がはじまって1時間。




一日のはじまり






(しおり)