第一話「やってきました清朝末期!」
「何がどうなってるのー!!」
この娘、名は夕瑛。
どこにでもいそうなごく普通の女子高生である。
…ただし、この時ばかりは“ごく普通の”女子高生ではなくなっていた。
【イーアルトリップ!】
第一話「やってきました清朝末期!」
夕瑛は今、“ごく普通の”女子高生ではなく、“見知らぬ土地にトリップしてしまった”女子高生となっていたのだ。
夕瑛が佇んでいるのは、岩山に囲まれた人ひとり見えない土地だった。
渇いた風が砂塵を巻き上げ、夕瑛のそばを通り抜ける。
「なんで私…こんなことに…一体、何があったの…?」
夕瑛は自分の記憶をたどった。
いつも通りに朝起きて、学校へ行く支度をして。
家を出て、自転車をこいで。
それから…それから…?
(思い出せない…?)
夕瑛の記憶に、“それから”の先はなかった。
自分がなぜここにいるか、全くわからない。
とにかく、早いことここを抜け出したい。
こんな生の気が全く感じられない荒地にずっといるなんて、真っ平御免だ。
夕瑛は息を一つ吐くと、ずっと立ちっぱなしだった足を前に進めた。
ずっと一方向に歩いていけば、もしかしたらこの荒地から出られるかもしれない。
そう自分を勇気づけて。
…歩みを進めて早30分。
一向に荒地の出口は見えない。
「はぁ…はぁ…なんなのよ全く…全然先が見えない…」
夕瑛は疲れていた。
「一休みしようっと…よいしょ」
近くにあった大きい岩の上に腰掛け、夕瑛は脚の疲れを癒した。
(ほんとにこれからどうしよう…このままずっと荒地にいるのかなぁ私…)
明るい性格の夕瑛だったが、さすがに自分の今置かれた状況には落胆するしかなかった。
(しかし喉が渇いた…水飲みたいなぁ。こんな荒地に水があるとは思えないけど…)
夕瑛が水をさがしてキョロキョロと辺りを見回した。
そのとき。
遠くからかすかに人の声のようなものが聞こえた。
叫ぶような。
「人がいるのかな!?」
夕瑛はこの地に来て初めて聞いた人の声(のようなもの)に嬉しさを覚えた。
正直なところ、夕瑛はこのまま荒地で孤独死するのではと危惧きていたのだ。
夕瑛は岩から飛び降り、声の聞こえた方向へ走り出した。
(早く、早く誰でもいいから人間に会いたい…)
夕瑛がろくに息もつかずに走り続けると、人影が見えた。
(いた!)
夕瑛は一層スピードを上げ、大声で叫んだ。
「すみませーーーーーーーーーーーーーーーん!!!!!!」
人影は気付いたようだった。
夕瑛の方を向いた人影は、一人の青年だった。
夕瑛が彼の前にたどり着いた途端、全力で走っていた夕瑛は疲れて肩で息をした。
「ぜぇ…ぜぇ…」
「…おい、大丈夫かお前…?」
青年の問いかけに、夕瑛は疲労感MAXの笑顔で応えた。
大丈夫、と。
「まぁ座れよ、疲れてるんだろ?」
青年は夕瑛に岩に座るよう促すと、自分もまた向かい側の岩に腰掛けた。
「ほら、これ飲んで落ち着け」
青年は夕瑛に瓢箪を差し出した。おそらく中身は水であろう。
夕瑛は瓢箪を受け取ると、中身を口に含んだ。
渇ききっていた口内が潤い、とても心地よい。
「…ありがとうございました」
「おう、落ち着いてよかったぜ」
青年は白い歯を見せてニカッと笑ってみせた。
なんていい人なんだろう。
「で、あんた、なんでこんなとこにいるんだ?ここは滅多に人なんか寄りつかねぇ場所だけど…」
夕瑛はかくかくしかじか、いままでの経緯を話した。
青年は始終驚いたような顔をしていたが、真剣に夕瑛の話に耳を傾けてくれた。
「そうか、そりゃ大変だったな…」
「それで、今は行き場も特になく、荒地を出ようとだけ思って彷徨ってました」
夕瑛はげんなりとした様子でそう言った。
青年はしばらく顎に手を当てて「うーん…」と言っていたが、まもなく手を叩いて目を輝かせて、夕瑛に一つの提案をした。
「じゃあ、俺と一緒に来ないか!?」
「えっ!!?」
突然の青年の発言に夕瑛は驚いた。
「俺な、チャー先生っていう人にカンフー師事してるんだ。今日ここに来たのも、修行のためなんだ。」
「それって、私もその…チャー先生っていう人にカンフー習うってことですか?」
「おう!」
あのとき聞こえた叫び声のようなものは、青年が修行の際に発した掛け声のようなものだったらしい。
夕瑛は少しばかり考え込んだ。
(カンフーって…格闘技だよな…私運動神経悪いし自信なんかない…でもこの人、せっかくこう言ってくれてるし…どうせ行き場所もないんだし…)
よしっ、と夕瑛が呟く。
「一緒に行きます!」
「そうこなくっちゃな!」
青年が岩からピョンと飛び降り、夕瑛に手を差し出した。
「俺の名前はウーロン。お前は?」
「夕瑛です。」
「夕瑛か、いい名前だな!」
再び青年…ウーロンは屈託のない笑顔を見せた。
ウーロンは夕瑛の手をとると、岩から降ろした。
「じゃあ早速、チャー先生に会いに行くぜ!」
「はい!」
夕瑛の運命が、動き出した。
つづく!