「…月」
ぽつりと呟き、夜空を見上げる。深い深い黒に染まった空にぽっかりと穴をあけたように輝く満月を、ビーゼは蒼の瞳に映した。
【今宵は満月】
夜は好きだ。もともとの鴉の民の性質なのかもしれないが、光の眩しい世界よりも居心地がいい。
軍の天幕のある場所から離れたここまでは、ベオクたちの喧騒の声は届かない。人混みや騒がしい環境の苦手なビーゼに、今の環境は最高だった。
(ちょっと眺めていこう)
近くにあった大きな岩に腰をおろし、再び夜空の円を見上げる。
この月は誰かに似ている、ビーゼは思う。心の中で仲間の名前を挙げながら該当者を探す。
ミカヤさん…あの人はどちらかというと朝日だ。首領?…いや、あの人はさんさんと青空に輝く暖かい太陽。
だとすれば、私がこの月に姿を重ねるのは、唯一人。
「…ネサラ様」
「呼んだか?」
「!!!?」
後ろから声をかけられ、ビーゼは驚いて跳び上がる。振り返れば、そこに立っていたのは紛れもなく己が今まさに思い浮かべた人物。
「こんなところで何してるのかと思えば、月を眺めて俺のことを考えてたのか」
「ち、ちが」
恐らく今の自分の顔は真っ赤だ。今が闇夜で助かったと思う。
そんなビーゼをよそに、ネサラはにやにやと笑みを浮かべながらビーゼをとっくりと眺める。
「ずいぶん可愛いことするじゃねぇか」
「だから違いますってば」
恥ずかしくなってネサラから目を逸らすビーゼ。
あぁ、やっぱり前言撤回しようか。こんなに意地悪い一羽の鴉が、私の月だなんて。
「…月が、綺麗だな」
ネサラの口から紡ぎだされる言葉に、ビーゼは思わず彼の方に目を向けた。
(それって、もしかして)
(いや、勘違いに違いない)
(自意識過剰なだけだ)
脳裏に浮かんだその言葉の意味を、すぐにかき消した。
「…ビーゼ、そろそろ戻るぞ。ここは冷える」
「え、あ、はい」
ビーゼの肩に手を添えたネサラのエスコートに応える。肩から伝わる彼の体温が心地よく、ビーゼは目を細めた。
「どうした、眠いか?」
「あたしはあなたと同じ夜行性です」
「そうだったな」
天幕のある方へと飛んでいく。再び喧騒が聞こえ始めたころ、前を飛ぶネサラの耳がほんのり赤くなっていたのは、灯のせいだったのだろうか。
あたしの心の月。
貴方は、あたしの過去という暗い闇に輝く、優しく照らす満月です。
ネサラ様。
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今日は十五夜らしかったので
月をテーマにネサビゼでした
なんか見てるこっちが恥ずかしいですね(笑)
と
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