テーブルに置かれた数学のプリントと睨めっこをしながらうーん、と悩み続ける天馬の横には頬杖を付きながら少し呆れ気味な京介がいた。
今、雷門中はテスト一週間前だ。部活もなく生徒はテスト勉強に励む期間である。あまり勉強が得意ではない天馬の為に学校が終わった後、京介が天馬の部屋に訪れていた。カチコチ、と時計の音しかしない時間は嫌いじゃなかった。チラッと天馬が悩んでいる問題を見てみる。さっき教えたやり方と一緒の問題じゃないか。これとこれをこうしてそれをこうすれば良いだけなのに、そう言いたかったがそれでは天馬の為にはならない。と言うか天馬が自分が降参するまで教えないで、と言ってきたのだ。昔から人より覚えるのがはやくて話を一度聞けば理解できるからテストも毎回90点代や満点ばかりだった。だから京介には天馬が何に悩んでいるのか分からない。否、普通の子は悩むのが当たり前なのだろうか。ならそれを分かってしまう自分は普通じゃないのか。そんなモヤモヤを持ったまま無意識にペン回しをしていると京介、と呼ぶ声。ハッと我に返って声の主を見る。
「大丈夫?ボーッてしてたよ?」
「あ…いや…何でもねぇ」
分からないとこあったか?と問うと天馬が持っていたシャーペンをテーブルに置いて京介に抱き着いた。突然の事に驚いたが、赤ん坊をあやす様にポンポンと背中を叩いた。
「ご、ごめんね…俺理解するのが遅くて。折角京介が教えてくれてもいざ一人で解こうとしたら何かに躓いちゃうんだ」
「謝る事じゃねぇよ。理解するには時間は掛かるもんだろ?」
「でも京介に同じ事を言わせているんだよ?」
「天馬の為なら何度でも言ってやる」
「本当?嫌じゃない?」
「あぁ」
本当だ、と言おうとしたが天馬の顔を見てギョッとした。天馬の目は微かに赤くなっていて涙を溜めている。
「な、何泣きそうな顔してんだよ!」
「だって…京介が嫌な気分にしちゃったんじゃないかって思って」
「はぁ!?誰に?」
「俺に」
「…んな訳ないだろ。それに…お前と一緒にいられるだけですげぇ幸せなんだからな?」
「京…」
左右の掌で包まれて、そのまま京介の顔が近付いてくる。優しい眼差しに天馬は瞳を閉じて京介の真っ赤なシャツを控え目に握って京介の唇と自分の唇が重なるのを待った。
「天馬ぁー。晩御飯出来たけどー…あら?二人共どうしたの?正座なんかしちゃって…」
エプロンを身に纏った秋が、天馬の部屋のドアを開けて顔を出した。すると秋が見たのはテスト勉強をしている天馬と教科書を見ている京介が正座をした後ろ姿であった。秋は後ろ姿で分かりにくいが天馬はシャーペンが、京介は教科書が逆である。
「い、いや!何でもないよ!」
「そう?晩御飯出来たけど京介君も食べて行かないかなぁって思って」
「ほ、ほんと!?き…京介食べていきなよ!秋姉の御飯美味しいんだよ!」
「…あ、あぁ。…じゃあ頂きます」
「分かったわ。じゃあダイニングで待ってるから」
手を洗って来てね、とだけ告げてドアを閉めた。シーンとした部屋の中で、二人の目が合う。ジッと見つめる京介の顔にドキッとした天馬はそれを隠す為に笑いながら立ち上がった。
「ほ…ほら、京介行こ…うわ!」
天馬の腕を引っ張ってキスをする。さっき出来なかった分長いキス。ふっくらとした天馬の唇は気持ち良くて酔いそうだ。口を無理矢理こじ開けて舌を絡ませる。ぴちゃぴちゃと音をわざと出しながら天馬の口内を刺激する。
「ふ…ぁ…」
口付けを止めて、二人の混ざった唾液がツゥ、と天馬の顎を伝う。それを舐めてやる。
「ご馳走さん」
「…京介の馬鹿」
「へぇ、俺を馬鹿って言うならもう勉強教えなくて良いな?」
「あ…、う…うぅ教えて…下さい」
「冗談だ冗談」
天馬の為になるならこの普通じゃない自分の頭に感謝しておこうと思った。