(うわ、最悪…)
鶴正は突然くらくらと眩暈に襲われ廊下の壁に手を付いた。激しい頭痛とキーンと耳鳴りが耳に響いてくる。目を強く瞑り痛みに堪えようとしたが中々鎮まろうとしない。ついには血の気が引き、冷や汗を掻き始めた。自分の鞄の中に薬が入っているのだが自分の教室はあと教室を三回通り過ぎなければならない。懸命に壁を伝いながら教室へと向かう。いつもは何気なく歩いている廊下でも今はとても長く感じる。自分では瞼を開けていたいのに視野が真っ暗になって行く。息切れも出てきて、これはマズイと思い鶴正は壁に座り混もうとしたがそれより先に倒れてしまった。床が肌に当たっているのが分かる。どんどんと意識が遠退いていく。みんなの悲鳴がぼんやりと耳に入ってきている中で、自分の体が浮いた感じがした。
「……ん」
「速水!」
「…あ…れ、浜野君…?」
自分を呼ぶ声がして目を開けた。最初はぼやけて見えなかった視界がうっすらと見えるようになってきて、横に座っていたのは鶴正を心配そうに見る海士だった。鶴正が目を覚ましたのを見てパァッと微笑んだ。ベッドと薬品の匂いがするから此処は保健室だと分かった。静かな部屋で海士はヘナヘナとベッドに顔を沈めた。
「良かったー目ぇ覚めて!お前顔真っ青だったしさ、死んだかと思った!」
「大袈裟な…。たかが貧血ですよ…」
プイッと海士とは逆の方向に首を向けて布団を握り締めた。それに海士はあのなぁ、と苦笑いして鶴正の手を取った。
「貧血も病気の一つなんだぜ?それにさっきは人がいたからいいけどよ、もし誰もいない時に倒れたらどうすんだよ?速水だけで何とか出来るのか?」
「…それは……出来ま、せん…」
「だろ?全くー…」
眉を下げてツンツンと人差し指で額を押す。鶴正は恥ずかしいやら申し訳ないやらで顔が真っ赤になっていた。それを見てか、海士はニコニコと微笑んでいた。
「…有難う御座いました」
「もう心配させんなよー?」
「それもですけど…あの時、俺を運んでくれたの浜野君ですよね?」
「そうだけど?ちゅーか大事な恋人が倒れたら普通運ぶだろ?」
恥ずかしさも見せず、けろりとした顔で海士は言った。言った本人よりも聞いたこっちが恥ずかしい。
「…助かり…まし、た…」
「…おう」
次の日、昼休みに一生懸命レバーを食べる鶴正とそれを横で見ながら笑う海士の姿があったとか。