バコンッ、と頭に勢い良く何かが当たった。一体誰だ、人が折角気持ち良く寝ていたと言うのに。水鳥は少し不機嫌になりながらもその叩かれた方に顔を上げた。すると教科書を丸め持ち、にこやかに笑みを浮かべた教師が立っていた。だがその笑みは恐ろしい程冷たい。これは喜んでいるのではない、寧ろその逆だ。

「おー瀬戸、おはよう」
「…………」
「俺が授業始まる前に言った事覚えてるかー?ん?」
「……あー?………あ…」

授業が始まる前に先生がテストが近いから居眠りはしてはいけない、とか言っていたのを思い出した。水鳥はダラダラと冷や汗を掻きながら目線を下にずらした。するとまた教科書で強く叩かれた。痛い。

「放課後、資料室来い」
「はぁ!?あたし部活あるし!」
「お前は何もしないでただ座ってるだけだろうが」

もう少し山菜を見習ったらどうだ、と呆れた様子で言うとクラスメイトがくすくすと笑い出した。そんなクラスメイトに水鳥は笑うな!と叫んだ。

「あーもう、行く行く!早く終わらせて部活行くー!」

それから、真っ赤になった顔を隠す様に直ぐに顔を突っ伏したのだった。

放課後、高々と積み上げられたノートとファイルを持ちムスッとした水鳥とそれを隣で見ている茜がいた。

「ったく…あの野郎、こんなに持たせやがって…」
「水鳥ちゃん、大丈夫?…やっぱり私手伝う」
「平気平気。このぐらい持って行けるから。茜は先にサッカー棟に行っててくれ」
「…うん、分かった。監督に水鳥ちゃんが遅くなる事を伝えておくね」
「おう、サンキュー」

じゃあまた後でね、と茜はサッカー棟へと向かうべく目の前にある階段を降り始めた。水鳥もそれに続き、階段の一段に足を置き、足元を確認しながらゆっくりと階段を降りていた。不意に後ろから聞こえてきた同級生の男子生徒二人の笑い声と走って来る音に気付いた茜は階段を降りるのを止め、くるりと後ろを振り返った。その男子生徒達は此方に向かって来ており、走るのに夢中で水鳥が前にいる事に気付いていなかった。

「水鳥ちゃん!危ない!」
「は?――う、えぇっ!?」

茜がそう叫んだがもう遅かった。前を走っていた男子生徒に押されるかの様にして、水鳥の体は次第に傾いていった。両手にノートやファイルを持っている所為で回避が遅れた。両手を離した時には既に廊下に付くギリギリであった。階段に散らばった数多のノートとファイルと、蹲る水鳥。茜が急いで水鳥のもとへと駆け寄ると同時に、男子生徒も慌てて下りて来た。

「水鳥ちゃん!」
「オイ!瀬戸!大丈夫か!?」
「た、立てるか…?」

オロオロとした表情を浮かべた男子生徒達に茜はキッと睨んだ。そして、彼等に向かって叱り付けようと口を開きかけた茜だったが、水鳥が手を掴んでそれを止めた。

「茜…、良いから」
「水鳥ちゃん!…痛いとこある?」
「大丈夫、何ともねぇよ。……――オイ!」
「ひっ!」
「はいい!」
「てめぇら!危ねぇだろーが!気を付けろよ!」
「わ、悪い」
「ごめんな…!」

水鳥の怒鳴り声にビクビクと体を縮こませる男子生徒達は、水鳥に頭を下げた。どうやら相当反省している様だ。それを見てか水鳥は分かりゃ良いんだ分かりゃ、とニカッと笑った。

「水鳥ちゃん…」
「大丈夫だって言ってんだろー?私はそんなに柔な体じゃないって」
「大丈夫じゃないじゃろーが」

階段の上から聞こえて来た声。ハッと声がした方を見ると両手を脇腹に置き少し怒っている様子の龍馬が立っていた。そしてはぁ、と溜め息を一つ溢して頭をガリガリと掻きながら階段を降りてきた。

「錦君」
「大丈夫じゃない?」
「え…、それってどう言――」
「ほいっと」
「うわああ!?」

突然、男子生徒の声を遮って龍馬が水鳥を軽々と横抱きにした。自分の真正面にいる龍馬がジッと此方を顰めっ面で見ていた。だが、誰も龍馬が何に怒っているのか分からなかった。

「そのノートとファイルを頼む。儂はこいつを保健室に連れて行くぜよ」
「はぁ…」
「わ、分かった」
「何すんだ!降ろせぇえ!」

ぽかん、と口を開けた男子生徒達の隣で茜が保健室に向かって歩く龍馬と横抱きにされたままぎゃーぎゃーと騒いでいる水鳥の後ろ姿をカメラでぱしゃりと一枚撮った。


「こンの馬鹿野郎!」
「ごふ!」

保健室に入り、ソファーへと水鳥を座らせた瞬間龍馬の顔面に飛んできたのは強烈な拳。龍馬はよろよろとしながら鼻を押さえていた。ちらりと水鳥を見ると顔を真っ赤にして両手を握り締めていた。怒っているのか、恥ずかしいのか、気持ちがぐちゃぐちゃになっていて自分でも良く分からなかった。

「お、おおお前…!あんな所で何してくれてんだよ…っ!」
「そういがりなやぁ。相変わらず水鳥の拳固はまっこと強いにゃー」
「あんな事されたんだから怒鳴んに決まってんだろうが!」

龍馬はそりゃ悪かったのー、と言いながら保健室の冷凍庫を漁っていた。保健室には養護教諭はおらず、机の上を見ると職員室にいます、と書かれてある紙があった。
保健室の棚から救急箱を出して、その救急箱といつの間に作っていたのか氷水を持ち水鳥が座っているソファーへと歩いて来たと思ったら突然しゃがみ込んだ。

「…おい、何してんだよ」
「くらかすなよ?」
「は?何―――」

まだ水鳥が喋っていると言うのに、龍馬はそれを無視して水鳥のスカートを膝ぐらいまで大胆に捲った。冷めかけていた顔の火照りがまた戻ってきて、先程よりも更に熱くなってしまった。
龍馬の胸倉を掴もうと立ち上がったがズキリと痛む右足の所為で再び座ってしまった。龍馬は水鳥の右足を持ち踝部分を見た。

「…い、た…っ!」
「やっぱり痛めちょったか」

龍馬も大きな溜め息をする姿を見て、水鳥は悔しかった。あの時、階段から落ちる際に足を大きく捻ってていて倒れる瞬間に階段の角で脛を強打していたのだ。だが、自分はみんなと違って長いスカートなので足が全部隠れている為演技をしておけば誰も気付かれない、そう思っていたのに龍馬はそれを見破った。

「な、何で分かったんだよ…」
「おまんが笑った時の顔が作り笑いに見えたからじゃ」
「……っ!」
「弱いとこは見せれん、ってか?この阿呆」
「…うるせぇ」

下を向く水鳥に、小さく笑いながら氷水を足へと付けた。ひんやりとしていて気持ち良い。暫く冷やしてからジッとしとけえよ、と龍馬が言いながら応急処置をしてくれた。慣れた手付きで包帯をくるくると巻いていく。スポーツをしてたら勝手に覚えてるものなのだろうか、と水鳥は龍馬を見ていた。

「処置はしたが念の為、病院に行った方が良いぜよ」
「……ありが、と」
「いんげの」

ニッ、と笑みを浮かべた龍馬に胸が高鳴る。そろそろグラウンドに行かなくてはいけないと水鳥がソファーから立ち上がると龍馬が腕を持ち、肩に水鳥の腕を乗せた。

「大丈夫かよ?…何ならまた姫抱っこしちゃるぞー?」
「ブッ飛ばすぞ、てめぇ」

可愛気がないのー、と言いながら龍馬はケラケラと笑っているのを見て、水鳥も口元が緩んでいた。グラウンドに着くまで龍馬は歩くペースを水鳥の歩幅に合わせて歩いてくれた。


そして、遅れて部活へ向かった二人を待っていたのは部員達によるニヤニヤとした微笑みだった。龍馬はけろりとしていたが、水鳥は茜ぇえー!と声を張り上げていた。呼ばれた本人はと言うとカメラの中に写っている二人の後ろ姿を見て微笑んでいた。

title.誰そ彼

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