人外×人間

サクサク、と葉を踏み締める音が聞こえる。この森は崖が多く、猛獣が出没するので人々は絶対に足を踏み入れない危険な森。しかし、そんな森の中を我が物顔でズンズンと奥へ歩いている少年、名を天馬と言う。彼はこの森の近くにある村で暮らしている農民だ。服には沢山の泥や汚れが付着していて爪の中には土が入っている。
ついさっきまで歩いていた天馬だったが、ある場所で足をぴたりと止めた。そこには数多の木よりも遥かに大きい木が一つ生えていた。

「京介さーん!いるー!?」

天馬が声を張り上げてそう言えば、一瞬にして木の幹に現れた一人の少年。紺色の髪の毛からピョコンと顔を出しているのは、決して人間にはない大きな耳と二本に分かれた尻尾。腰に付けている二つの巨大な鈴がチリン、と鳴った。

「また来たのか、人間」
「何回も言ってるけど俺の名前は天馬だってば!て、ん、ま!」
「人間は人間だ。それで良いだろ」
「良くない!」

むー、と不貞腐れる天馬を見て呆れた顔をする京介と呼ばれた少年は、この森の中に住み着いている妖怪猫又である。京介はふわりと幹から飛び降り、天馬の直ぐ目の前に着地した。京介の着物は見たこともないような変わった模様の織物で、履物は紅色の鼻緒に黒い高下駄を履いてる。チラリと京介が見たのは天馬の右足。そこには包帯が何回も巻かれていた。

「足は、大丈夫か」
「え?…あ、うん!もう少しで完璧に治ると思うよ」

ピョンピョンと飛び跳ねて見せる天馬に京介はそうか、と安堵の笑みを浮かべた。
一週間程前、入ってはならないと言われていた森の中へ天馬の飼い犬が迷い込んでしまい、捜している最中に足元が滑り崖から落ちてしまった。もう駄目だ、と諦めかけていた天馬を救ったのは、御伽話だけの世界にしか存在しないと思っていた妖怪であった。あの時、京介が救ってくれなかったら右足に怪我だけでは済まなかっただろう。妖怪は人間を襲う者しかいない、と勘違いしていた天馬だったが自分を救ってくれた京介と仲良くなりたくて最近は頻繁に森を訪れるようになった。

「京介さん」
「あ?」
「あの時は有難う」
「…その台詞、何度目だ」
「だってあの時京介さんが助けてくれなかったら俺…」
「即死だっただろうな」
「うん。…毎日楽しく過ごせるのも京介さんの御蔭だよ」
「………」
「本当に有難う」
「…ふん」

仄かに赤くなった頬を見られたくないからか、京介はぷいっと横を見て腕を組んでいた。

「ね、遊ぼうよ!」
「また蹴鞠か?」
「とか言う京介さんも上手な癖に!」

そう言いながら巨大な木の根本に置かれた少し煤けている鞠を駆け足で取りに行き、京介の元へと戻って来た。蹴鞠しようよー!と天馬は無邪気に笑った。あんな笑顔を見せられては頷かない訳にもいかず、京介はコクリと首を一度だけ縦に振った。
天馬がポン、と軽く足で鞠を蹴る。鞠は高く舞い上がり、京介の足によってまた天馬へと返された。蹴鞠をしている時の天馬の顔はいつも楽しそうだった。それを見ていると毎回胸が熱くなるのが分かる。そして、無意識に口がこう開いていた。



「天馬」
「……え?」

京介が蹴った鞠がてんてん…、と音を立てて地面に転がった。鞠が向こうに転がっていくが天馬はそこに立ったままだ。

「い、今…名前…」
「オイ、余所見するなよ。鞠あっちに転がってるぞ」
「へ?あ、…わっ!ほんとだ!」

京介に言われて気付いた天馬は慌てて鞠を追い掛ける。赤らめた頬でこのまま蹴鞠を続けたら恥ずかしいので、これからどうしようかとお互いに悩んでいた姿を近くの木の枝から盗み見ていた雀がチチチ、と楽しそうに鳴いた。


title.塩
企画/彩愛さんに提出。

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