「相変わらずでけー家だな」
どどん、と言った効果音が付きそうなくらい巨大な屋敷。武家屋敷の様な造りをしたこの家は龍馬の自宅である。水鳥は門の前で自転車から降りて鍵を掛けた。そして和風の家には不釣り合いなインターフォンを鳴らす。ピンポーン、の音がして直ぐに女性の声が聞こえてきた。ゆったりとした口調で直ぐに龍馬の母親だと分かった。門が開き中へ入ると綺麗な着物を着た龍馬の母親が歩いて来た。龍馬の母親に挨拶をして、龍馬が何処にいるか聞いた。すると龍馬は鍛練場にいるらしい。龍馬の家には彼が精神を鍛える為に使用する部屋がある。そこが鍛練場。部活がない日は良く鍛練場に篭り、朝から夕方まで飲食をしない事もある。
水鳥は龍馬の母親にぺこりと頭を下げてから入り組んだ屋敷を慣れた足取りで鍛練場へと向かう。この屋敷は何回も来た事があるし、彼女が龍馬の家を訪れた時は殆ど鍛練場にいるのでいつの間にか覚えていたのだ。
屋敷を奥へと進むと、ポツンと一つだけ屋敷から離れた部屋が見えた。扉をゆっくりと開けるとふわりと線香の香りがして、中央に座禅を組んでいる袴を着た龍馬がいた。物音一つしない空間に一人佇む龍馬の姿を見てトクン、と心臓が高鳴る。座禅を組む龍馬を見るのは何回もある。でも…――。
(いつ見ても、格好良いんだよなぁ)
ほう、と水鳥が小さく息を吐いた。学校や部活の時の龍馬はヘラヘラと笑ってそして煩いが、頼り甲斐のある兄の様な存在。鍛練している時の龍馬は真剣な顔付きで、瞳は己の行く道を貫く様に鋭く正に武士そのもの。龍馬の中には二つの顔があり、水鳥はその両方に惚れたのだ。
「水鳥」
「!」
名前を呼ばれ、ビクッと肩を揺らして驚いた。龍馬は後ろを向いたまま右腕を出してこっちに来い、と手招きをした。龍馬の手招きに引き寄せられ、水鳥は龍馬の隣にちょこんと座った。すると、龍馬が勢い良く彼自身の太股を叩いてから合掌と低頭をした。どうやら座禅が終了した様だ。結跏趺坐を崩して、水鳥の方を向いた。ニカッと笑う龍馬の姿はいつも学校で見る龍馬だった。
「…いつから気付いてたんだよ」
「んー?おまんとおかやんが話しゆった時からじゃ」
「どんだけ耳良いんだつーの…」
「儂はこんまい時から地獄耳ぜよ!はははは!」
豪快に笑う龍馬が煩くて鉄拳を一発お見舞いしてやると何でそんな事するんじゃ!と涙目で怒られた。だから殴ったところを撫でてやると凄い力で抱き締められた。武士からいきなり大型犬に変わりやがった、と水鳥は思った。
「はーなーせー!」
「いーやーじゃー」
「アレ渡せないじゃねぇかよ」
「アレ?アレって何ぜよ」
気になったのか抱き締めるのをピタリと止め、目をパチパチと瞬かせながら水鳥を見つめていた。水鳥は持って来ていた鞄から風呂敷に包まれた小さな何かを取り出した。ズイッと無言で龍馬に差し出したそれ。クエスチョンマークを頭上に浮かべながらその包みを開くと、サッカーボールの形をしたお握りが入っていた。
「お前が此処最近、師匠の握り飯が食べたいぜよー、って言ってたからさ。…その、師匠…って言うか、染岡さん…だっけ?その染岡さんみたいに美味しくはないと思うけど…。り、龍馬の喜ぶ顔が見たくて…」
そう言った時に目の前が突然真っ暗になった。龍馬が水鳥の目を手で隠しているらしい。慌てて手を除けようとしたが龍馬が駄目じゃ、と呟いた。
「…見ちゃあいかん」
「え…?」
「い…今、儂の顔たいちゃあ赤いきに見ちゃあいかん」
水鳥には見えていないが、龍馬の頬がほんのりと赤かった。褐色が良いのであまり赤いのは分からないが本人には違いが分かる様で、水鳥の目を押さえていない方の手で口元を隠していた。それから照れた顔を消す為にゴホンゴホンと何度か咳ばらいをして顔を横に振ってから手を離した。お互い目が合い、無意識に微笑んでいた。
そして頂くぜよ、とお握りを一つ手に取りぱくりと一口。すると龍馬の顔がキラキラと輝き出した。
「んーっ、美味い!最高ぜよ!」
「そりゃあ良かったな」
塩加減が良いだの、米の炊き加減が良いだの沢山褒めてくれた。相当気に入ったみたいであっという間に平らげてしまった。
「ご馳走さん!」
「おー」
こっちもお前の食べっぷり見てたら腹一杯だよ、と笑いながら風呂敷を畳んでいると龍馬が後ろから抱き着いて来た。微かにまだ線香の香りがして落ち着く。
「…のう、水鳥」
「んー?」
「今度は鯖の煮付けかきんぴら牛蒡作って欲しいちや」
「は?何で」
「何でって…、将来の旦那の好物は早う作れる様になっちょった方が良いぜよ」
「――――っ!?」
そう言って首筋に口付けて来たから、近くにあった竹刀で叩きたくなった。
title.誰そ彼