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竹内くんのブラック無糖
1 / 2 はじめまして、竹内と申します。英聖学院大学附属高校普通科二年生。生徒会会計を務めさせていただいております。 英学は学校の方針として生徒の自主性を重んじていますので、その生徒の代表である生徒会は忙しくもありますが、非常にやりがいがあると考えております。 生徒会長の櫻井涼先輩は何をなさってもそつなくこなされる優秀な御方です。仕事は早く丁寧。先輩は僕の尊敬の対象でもあり、目標でもあります。 しかし、仕事の面では全く不満はないのですが、その、大変申し上げにくいことではありますが、ある一人の女子生徒さんといらっしゃるときは先輩の人が変わってしまうのです。 なんと言いますか、普段は“ブラックコーヒー”のような方なのですが、その女子生徒さんといらっしゃる時に限り“砂糖をスプーン山盛り三杯入れたコーヒー”のような……というよりも“カップ一杯の砂糖にコーヒーをスプーン三杯入れた状態”のようになってしまわれるのです。 実際にその様子をご紹介いたします。まずは普段の櫻井先輩から。 * * * 生徒会役員が全員揃って生徒会室で仕事をしていた時の話です。 「櫻井先輩、今お時間よろしいでしょうか」 「うん。どうかした?」 僕が資料を手に声をかけると、自分のデスクで仕事をしていた櫻井先輩はパソコンから顔を上げました。 「この各部活動の予算要求書なんですけど」 「うん」 「バレー部が何故かものすごい予算を要求してるんですが、どう対処したらいいでしょうか」 「どれ?」 僕が渡した資料を見た櫻井先輩は眉間に皺を寄せたかと思うとすぐに立ち上がって、 「ちょっと出てくる」 「え、先輩?」 資料を手に生徒会室を出て行かれました。残された僕はわけがわからずにしばらくその場に立ち尽くしていました。 数十分後、生徒会室に戻ってこられた櫻井先輩は僕に赤ペンで修正された資料を渡しながら、 「バレー部、現状維持で」 「え?」 「理由聞いたら、用具を全部入れ替えたいとか言ってたから」 「全入れ替え?!」 「もちろん却下したよ。結構ゴネたけど。これだから金持ちは……」 そう言いながらデスクに座って大きなため息を吐かれました。櫻井先輩は眼鏡を外して眉間のあたりに触れます。 そんな先輩に僕は「そう言うあなたもお金持ちのお仲間ですよ!」と言いたかったです。勿論言えるわけありませんが。というか自分で言うのもアレですけど、実は僕もお仲間です。 「最初は予算半分か現状維持かを選ばせてあげようとしたんだけど」 それ、どういう二択なんですか。ある意味一択ですよね。先輩はその時のことを思い出されたのか、どんどん表情の雲行きが怪しくなっていきました。 「予算増えないなら自分たちで買うからいいとか言い出して。それじゃ意味ねぇっつーの。全く親にどういう教育されてきたんだか。ホイホイ欲しいもの買い与えてきたんだろうけど。そんなんじゃロクな人間に育たないって。ねぇ?」 「は、はい!」 最後は櫻井先輩に笑顔で同意を求められ、勢いで返事をしてしまいました。先輩、その笑顔……恐いです。 「これ以上話していても埒があかないと思ったから、もう仕方ないよね」 「ま……まさかアレを」 「できればあまり使いたくないんだけど」 「み、耳打ち、ですか?」 「当然」 櫻井先輩の必殺技。耳打ち。交渉の場でこれ以上は話が進まないと判断された場合にのみ発動される技です。 櫻井先輩に耳打ちされた方はみるみるうちに顔が青ざめ、さっきまでの抵抗はどこへやら。最後は百パーセントの確率で相手は顔を縦に振るようになるのです。 先輩が相手に何を伝えたのか僕たちは全く知りません。 以前、先輩は「情報っていくらあっても損はない」とおっしゃっていましたので、なんとなく想像はつきますが。 絶対に先輩は敵に回してはいけない人物だと思った瞬間でした。 * * * そんな感じで櫻井先輩は向かうところ敵なし、相手には情け容赦ない、といった御方ではありますが、先ほどもご説明いたしました通り、その一人の女子生徒さんの前では人が変わってしまうわけです。 その女子生徒さんとは宮川梨子さん。音楽科の一年生です。 櫻井先輩とは幼なじみの関係だそうですが、どうもそれだけではないように僕には思えるのです。特に、櫻井先輩のほうが。 確かに梨子さんはお人形のように非常に可愛らしい方で、愛でたくなる気持ちも非常によくわかるのです。 もし僕が梨子さんと幼なじみだったらもう甘やかさずにはいられないと思いますし。それぐらい魅力的な女性なのです。 ですから、櫻井先輩のお気持ちも理解できるのですが、ただ、もうちょっと周りを気にしていただきたいと思うこともあるのです。 次はその様子をご紹介いたします。 * * * その時はある行事の準備のために役員全員がそれぞれの担当場所へ出払っており、生徒会室には僕と櫻井先輩、そして仕事を手伝って下さっていた梨子さんの三人しかいませんでした。 「終わりましたね」 「とりあえず、一段落かな」 出来上がった書類の束を見て僕と櫻井先輩は二人で頷きました。 「良かったね!」 僕たちを見てニコニコと微笑んでいらっしゃる梨子さん。その笑顔、癒し効果抜群です。思わず疲れも飛びそうです。 「梨子ありがとう」 「お手伝いしてくださってありがとうございました」 「わ、私はぜんぜんだもん。涼ちゃんと竹内先輩がすごかったからだよ」 そう言って両手をブンブン振って謙遜する梨子さんも大変可愛いです。もうこの方は何をしていても可愛いという感想しか出ません。さすが櫻井先輩が溺愛されているだけあると思いました。 「ちょっと休憩しよう。俺、コーヒー入れるから」 「あ、僕が入れますから。櫻井先輩はお座りになっていて下さい」 先輩にコーヒーを入れてもらうなんて恐れ多いので、慌てて僕が先輩を制止しようとしたところ、 「いいよ。たまには俺が入れるから。竹内くんは梨子と待ってて」 「ですが……」 あっさりと拒否されてしまったわけですが、どうしても悪い気がしてなりません。 だって僕は後輩ですし、何より尊敬している櫻井先輩にコーヒーを入れさせて僕はそれを待っているなんてできるわけがありません。僕が葛藤していたところへ、 「はいはい!じゃあ、あいだをとって私が入れます!」 梨子さんが右手をピンッと伸ばしてピョンピョンとその場で跳ねておりました。その姿に思わず笑みがこぼれました。 |
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