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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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英聖学院に通う生徒のほとんどが財力のある家の子息・息女である。

しかし「学ぶ意思のある者には学ぶ機会を与えよ」という校訓のもと、一芸入学制度や学費免除の特待制度があり、中流階級出身の学生にも門戸は開かれている。

それでも、その割合は全生徒の四割に満たない程度である。

英聖学院大学附属中学。
英聖学院大学附属高校。
英聖学院大学。

英聖学院は中等部から大学部まであるが、昔は大学しかなかったので中等部と高等部はそれぞれ英聖学院大学附属中学と附属高校という扱いになっている。

外部の人間から英聖学院大学は英大(えいだい)、附属中学は英学中等部、附属高校は英学高等部と呼ばれている。それぞれは単に英学と呼ばれることもしばしば。

中等部には普通科のみ。高等部は普通科と音楽科。大学部は医学部、経済学部、芸術学部、などがあり、さらに学科ごとに分野が細分化されている。英大であればほとんどの分野を学べるのだ。

英聖学院は中等部から大学部まで広大な一つの敷地内にそれぞれの校舎が立地している。

それぞれの学部の敷地は緑豊かな自然によって区分されており、その中を走る林道によってそれぞれの敷地を行き来できるようになっているのだ。

特に大学のキャンパスの敷地は広く、場合によっては移動に自転車を用いる生徒もいる。

潤と恵介は高等部と繋がる道への入り口に設置されたベンチに座って宮川梨子一行を待っていた。

「いやー楽しみだね、梨子ちゃん。可愛いって有名だからさ、どんな子かずっと見てみたかったんだ」
「まぁな」

高等部方面に目線を置きながらそんな会話をしていると、複数の人影がこちらへやってくるのが見えた。

「あれ、かな?」
「んー……、あ、そうだ。高等部の制服だな」
「高等部の制服。女の子一人と……目立つ護衛二人組、ねぇ。確かにあれじゃ目立つわ」

そう言いながら潤は軽く笑った。

可愛らしい小柄な少女とその両側に立つ二人の少年。少年たちは二人とも非常に整った顔立ちをしており、しかもとても似通った顔をしていた。間違いなく双子だ。

三人に駆け寄る潤の背中を追うように恵介も続いた。こちらに気付いた三人も足早に近寄り、ようやく対面した。

「はじめまして。コンマスで四年の塚本潤です。えーっと、宮川さんと、櫻井くん?と櫻井くん?」

恵介が苦笑いをしながら首をかしげて問うと、

「宮川梨子です。よろしくお願いします」

宮川梨子は礼儀正しく頭を下げた。

「こっちこそよろしくお願いします。ゴメンね、いきなり呼び出しちゃったりして」
「いいえ。えと、こちらは」
「はじめまして、先輩。僕は櫻井蒼輔です。あっちが櫻井隼輔です」

梨子に代わって向かって左側に立つ比較的柔らかい印象を受ける少年がもう一人のやや強気な印象を受ける少年を含めて自己紹介をした。

「二人は双子かな?」
「そうです。僕が弟であっちが兄です」
「そっか。じゃあ、蒼輔くんと隼輔くんって呼んでもかまわないかな?」
「はい、塚本先輩」

潤と櫻井蒼輔が会話している間、恵介は櫻井隼輔と宮川梨子を観察していた。

おそらく潤も感じているだろうが、間違いなく隼輔は潤と恵介を威嚇していた。梨子に近寄るな、と。

そしてその梨子を見た。噂になるだけのことはあると思った。間違いなく嫌が応にも人目を引くだろう。

芸能人をも凌ぐ非常に可愛らしい容姿をしていた。

小柄な身長に合わせて全てがミニサイズだった。細い体、小さな手、小さな顔。しかし目だけはパッチリと一際大きく、とても印象的だった。まるで計算し尽くされて作られた人形のようだと思った。

じっと見つめていると、ふと恵介と梨子の目線が合わさったが、恵介は慌てて視線をそらしてしまった。

「……すけ、恵介!」
「あ、なに?」
「挨拶!」
「ん、ああ。四年の二葉恵介。一応、指揮者。ヨロシク」

潤に指摘され挨拶をしたが、なんとなくぎこちないかんじになってしまった。

「よろしくお願いします、二葉先輩」

梨子が笑った。恵介は素直に可愛いと思った。

「じゃあ、ちょっと移動しようか。練習室、おさえてあるんだ」

五人は揃って歩き出した。潤は蒼輔と梨子を挟むように談笑しながら歩いている。その後ろに隼輔が続いて、さらにその後ろを恵介が歩いた。

恵介は思った。おそらく後ろからはわからないが、隼輔はガッツリと潤を睨んでいるだろうと。そして潤が気付いていながらも知らないフリをしてニコニコしているだろうことも恵介にはわかっていた。

恵介はすこし歩調を早め、隼輔の隣にならんだ。

「キミは、隼輔くんであってる?」
「あってる、けど。なんスか?」

こちらは先輩だというのにお構いなしに視線を突き刺してくる隼輔に恵介は苦笑した。

「まあまあ、そう威嚇しないでよ。大丈夫だって。お姫様に手を出すつもりはないから」

今のところはね、と恵介は心の中で付け足した。そしてさらに続ける。

「今日は、彼女の音聴かせてもらうだけだからさ。……それより、君ら双子のどっちかは宮川さんの彼氏?」
「っ!……な、なんっ、で……」

隼輔が言葉を詰まらせたのを見て、恵介はニヤリと笑った。

「ねぇ、どうなわけ?」
「……別に、俺らはそんなんじゃないっすよ。ただの幼馴染ですけど。それが何か?」
「別に?特に意味はないんだけど。宮川さん、モテそうだし、彼氏の一人や二人いるんじゃないかと思って。でもいないんだ。へぇ」
「ちょっと、アンタ、一体、」
「ねぇ、二人とも何してんの?!早く!」

隼輔の言葉をかき消すように潤が呼んだ。

「さて、コンマスがお呼びだ」

意地の悪い笑みを浮かべた。確実に櫻井隼輔の敵リストにその名前が刻まれたと確信した瞬間だった。


五人揃って芸術学部棟に入ろうとしたとき、

「あれ、梨子?」

背後から名前を呼ばれたので梨子が振り返ると、

「お兄ちゃん?」
「あ、修ちゃん」
「あれ、なんで?!」

梨子の兄である修司がそこにいて、梨子と双子は驚いた。

修司はデザイン画などが入ったプラスチックケースとスーツの上着を右手に抱え、Yシャツは第二ボタンまで開けてネクタイは結ばずに首からぶら下げただけの格好だった。さすがに一日中スーツをきっちり着こなすのは窮屈なのだろう。
修司は三人に駆け寄った。

「なんでって。ここ芸術学部の校舎だし。俺、芸術学部デザイン学科だから。っつーか、なんではこっちのセリフだよ。お前らここで何やってんの」

もっともな意見だった。修司が大学キャンパス内にいるのは普通だが、高等部所属で、かつ、てっきり家に帰ったと思っていた三人が大学にいるのだ。不思議に思わないほうがおかしい。

「宮川さんのお兄さん?」
「あー、ハイ。そうですけど?……どちら様でしたっけ?」
「これはどうも、申し遅れました。音楽科四年の塚本です。学内オケのコンマスやってます。こっちは指揮者の二葉。同じ音楽科四年」

潤が梨子の肩に手をポンと置いた。隼輔はそれを見逃さずに潤をギロッと睨んだが潤はあえてしらないふりをした。そしてさらにそれを恵介が見逃すはずもなくニヤリと笑う。

「えーっと、俺は、」
「知ってるよ、デザイン科二年の宮川くん。梨子ちゃんのお兄さん」

宮川修司といえば英大の生徒で知らない生徒はいないのではないかと言うほど有名だ。

整った容姿に抜群のスタイル。スマートな身のこなしに人当たりの良い性格。何拍子もセールスポイントの揃った彼は完璧といってもいい。ただ、シスコンという弱点を除いては。

「そうですけど、なんで梨子といるんですか?」

修司は訝しげに潤と恵介を見た。潤は「それはね、」と言ってことのあらましを修司に説明した。

「わかってもらえた?」
「理由はよくわかりましたけど」
「あ、心配だったら宮川くんも一緒に来る?」
「は?」
「っていうか、どっかで聞いたんだけど宮川くんよく梨子ちゃんの伴奏してるんでしょ?だったら一緒に来てもらおうよ。ね、恵介?」
「あ、マジで?だったらついてくりゃいいじゃん」
「いや、ちょっと待ってくださいよ」

困惑する修司を差し置いて、潤は続けた。

「ピアノ科の奴つれてこなかったからさ。俺らも一応はピアノ弾けるけど初見っつーか、それ以上に楽譜なしの伴奏とかめったにやらないしね」
「無伴奏の曲ならいいけどな」
「ねぇ、梨子ちゃんもお兄さんいたほうが安心だよね?」
「え?」

潤がいつからか“宮川さん”ではなく“梨子ちゃん”に呼び方が代わっていることについては、あまりにも自然すぎて誰も気付かない。

「ほら、梨子ちゃんも来て欲しいって言ってるよ」
「いや、まだ何も言ってねーぞ」
「俺には伝わったよ。大丈夫」
「大丈夫の意味がわからないんスけど」
「だから行こうよね、ね?」
「まぁ、いいですけど。ちょっとなら時間あるし」

ついに修司が折れる形で話は終結した。

そしてこの後、入り口から音楽科練習室までの道すがら、やけに豪華なメンバーが連れ添って歩いている姿が目撃され、ちょっとした騒ぎになったのである。


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(2010/03/28-2010/04/05)




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