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コンマスと指揮者
1 / 2 比較的日差しの暖かい4月上旬の午後。 英聖学院大学小ホールには、学内オーケストラのメンバーたちが集まっていた。 「さて、春休み中も皆さん練習お疲れ様でした。今年度もよろしくおねがいします」 オケを率いるコンサートマスター、通称コンマスと呼ばれる青年がメンバーに向かって軽く会釈をすると、メンバーたちからも「コンマスもお疲れー」という声がチラホラ聞こえてきた。 「で、次の定期演奏会が六月なんだけど、年に一度の高等部からのゲストを決めたいと思いまーす」 大学部のオケでは数ヶ月に一度、学内のホールにて定期演奏会を行っている。そして年に一度は高等部より生徒を数名ゲストとして招き一緒に演奏するのである。 「だいたいの生徒のリストはさっきみんなに配ったやつね。先週のうちに森先生からもらってたのにゴメン、配るのすっかり忘れてた」 あはははーと軽く笑ってみせるコンマスに対しメンバーは、 「まぁ、コンマスだし」 「うん。コンマスだから仕方ない」 さして気にも留めない様子であった。彼のうっかり行動はいつものことだからである。 「リストに上がってる生徒をみんな呼んであげたいのはヤマヤマなんだけどね。そういうわけにもいかないしね。だから絞るために、みんな是非とも呼びたい生徒さんを挙げていってください」 「いや、どのパートに何人かわからないと選べねーだろ」 コンマスの隣に座っていた青年がようやく口を開いた。 「……あ。そうだよね。候補曲から予測された編成をもとに考えたゲストの人数をホワイトボードに書きます!はい、恵介書いて」 「俺?!」 「はい、メモ」 「ちょ、俺指揮者なんだけど」 「だから何。意味わかんない。早く!」 恵介と呼ばれた指揮者だという青年はコンマスに強引にメモを渡され、強く背中を押されながら渋々ホワイトボードに向かった。 「潤、できたぞー」 しばらくして恵介がホワイトボードから顔を上げてコンマスに向かって声をかけた。 「ありがとー。はい、みんなアレを参考に選んでね」 コンマス、名前は潤というらしいが、潤は恵介に片手を上げて応えた。 「あー、宮川さんついに高等部入ったんだ」 一人の女子メンバーがリストを見ながら呟いた。 「え、誰?」 「知らないの?宮川梨子。デザイン科のイケメンで名高い宮川修司の妹」 誰かがそう応えると、何人かのメンバーから「あぁ、あの」という声が聞こえたきた。 「宮川さんがいるんなら是非とも呼びたいよね」 潤の発言に数名のメンバーが頷く中、 「そいつ、そんなスゲーの?」 恵介が眉間に皺を寄せながら尋ねた。 「え、恵介知らないの?」 「知らね。誰だよ、その、宮川梨子?」 「まぁ、ヴァイオリンやってる人なら知ってるだろうけど、指揮一本だったら知らないかもね。海外のヴァイオリンコンクールで優勝経験のあるお嬢さん。今度高等部に入学したみたいなんだけど。ちなみにピアノもピアノ科より俄然上手いというもっぱらの噂」 「へぇ。じゃあ、そいつ呼ぼうぜ。いいだろ?」 潤の説明になんとなく納得した様子の恵介の提案に異論のあるものは一人もいなかった。その後も着々とメンバーの選定が進んでいった。 その後は細かい曲目の決定だ。それは毎回コンマスと指揮者の二人にゆだねられている。 メンバー全体での会議はこれで終了し、潤と恵介はキャンパス内のカフェテリアへと移動した。 * * * 二人は多くの人で賑わうカフェテリア内の窓際の席に向かい合って座った。 「前回はチェロ協奏曲だったし。今回は何のコンチェルトにしようか」 「ヴァイオリン協奏曲やりたいな、俺」 「誰の?」 「あぁー……チャイコフスキーあたり?とりあえずソリストに宮川梨子で」 「えぇ、本気で?!」 さらっと恵介は言うが潤は目を丸くした。 「別に高等部のやつがソリストやってもいいだろ?それともお前やりたかった?」 「いや、ちがくて。別にいいんだけどさ、何、そんなに気に入った?梨子ちゃんのこと」 「気に入るも何も会ったことねぇし。音も聴いたことねぇし」 恵介はそう言ってコーヒーカップに口をつけた。 「音はすごいらしいよー。聞いた話だけど楽譜に正確で忠実。恵介の好きなタイプの演奏者だね。だけど音色は表情豊か。そして見た目がものすごく可愛い、らしい」 「可愛いとかそういうのはどうでもよくて。じゃあ、そいつでコンチェルト」 「音聴かないで決めていいの?」 「聴けるなら聴きたいけど、聴けんの?」 「さぁ?」 「さぁ、ってお前な」 「森先生にきいてみようか。電話してみるよ」 携帯を取り出して電話を始めた潤から目線を窓の外に向ける。新年度初日ということもあり、キャンパス内は活気にあふれていた。 |
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