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秘密基地での出来事
1 / 2 梨子、隼輔、蒼輔の三人は音楽科棟の中を走っていた。 好奇の視線にさらされながらも生徒の間を縫いながら全力疾走していた。階段を上ったり下ったり。 音楽科棟の二階と三階を結ぶ階段の踊り場で梨子の足が止まった。 「もぉっ、ム、ムリ……」 隼輔に引っ張られるまま走っていた梨子だったがアップダウンの激しいコースについに限界を迎えた。 膝に手をついて息を整えるが心臓はまだ踊り狂っている。これ以上の全力疾走は体がもたない。 「ったく。おい梨子」 「ふぇ?……え、うわっ、ちょ、隼ちゃん?!」 頭上から隼輔に呼ばれて顔を上げると、いきなり梨子は隼輔の肩に軽々と担ぎ上げられてしまった。 「落ちんなよ。掴まってろ」 「え、やだ!そ、蒼ちゃん助けて!」 「うん。梨子掴まってほうがいいよ」 「うわっ!やべっ、来た。行くぞ」 「えぇ?!」 梨子を担いだまま隼輔は走り出した。 梨子は進行方向とは逆を向いているので、後ろの様子がすぐわかった。蒼輔の数メートル先に鬼気迫る形相で追いかけてくる数人の女子生徒たち。 梨子は二人が必死に逃げる理由がようやく理解できた。 一階の音楽科棟と普通科棟を結ぶ渡り廊下まで来たとき隼輔が立ち止まった。 「ここ、越えるか」 一階の渡り廊下は壁ではなく高さ1メートルほどの柵で囲まれており、それを越えると中庭もしくは裏庭に出られるのだ。 「蒼輔、先に出て梨子受け取ってくれ」 「オッケー」 蒼輔は柵の高さなどもろともせず軽々と裏庭側へと柵を飛び越えた。そして荷物を芝の上に置き、隼輔へと両手を出した。梨子を受け取るために。 隼輔は梨子を横抱き、つまりはお姫様抱っこへと抱え直し、柵の上から蒼輔へと渡した。 「わわっ」 「ちょっと我慢してね」 蒼輔は申し訳なさそうにしながら梨子を受け取った。そして優しく地面へと下ろす梨子は久しぶりに地に足をつけた。 そして隼輔も柵を軽々と飛び越し、三人はそのまま音楽科棟裏へと身を潜めた。 しばらくして女子生徒たちの足音が聞こえたが、普通科棟の方へと消えていった。 三人は音楽科棟の壁に背を付いて座り息を潜めていたが、敵が通り過ぎていったことに安堵して揃って大きなため息を吐いた。 「お前ら、そこで何してんだ?」 渡り廊下側の様子をずっと窺っていたので背後に全く気付かなかった。三人が振り向くと、 「……森先生」 音楽科1年A組、梨子のクラス担任が立っていた。 「誰?」 隼輔があきらかに不審者を見るような目つきで森を見た。 それも仕方ないだろう。今の森の姿はスーツの上着だけを脱いだ状態。とはいってもワイシャツは第二ボタンまで開いているし、ネクタイもゆるゆるの状態だ。 加えてボザボサの髪の毛は暗めのアッシュブラウン。どうみても教師には見えない。 「私のクラスの担任の先生だよ」 「えーっと、君は……宮川だっけ?」 「そうです」 「そっちの二人は櫻井んトコの双子だ」 隼輔を指差して、 「こっちが兄。んで」 蒼輔を指して、 「弟。……正解?」 「合ってます」 蒼輔が答えると、森は満足そうに笑った。 「まぁ、人気者も大変だよな。っつーか、ここ俺の秘密基地なんだけど」 「秘密基地?」 梨子が首を傾げると、 「そうそう。校舎内じゃどこもタバコ吸えねぇから。いつもここに避難してるの。まさかいきなり新入生に見つかるとは思ってなかったけど」 森はシャツの胸ポケットからタバコとライターを取り出して、タバコに火をつけた。 「まったく喫煙者は肩身狭い世の中になったもんだぜ」 「先生はいつもここに来てるんですか?」 「昼休みのときとか、授業ないときには大抵ココ。でも屋根がねぇからさ、雨の日は辛くて仕方ないね」 「禁煙すりゃいーじゃん」 「そう簡単にできたら苦労しねっての、櫻井兄。だいたい、」 言いかけたところで森の携帯が鳴った。「ちょっとゴメンよ」と言いながらズボンの後ろポケットから取り出して携帯を開く。ディスプレイに表示された名前を見て森は苦笑いを浮かべた。 しばらくディスプレイを見つめたまま森は動かなかった。 「先生?」 梨子が心配して森の顔を覗き込んだ。 「あ、ああ。何?」 「電話、ずっと鳴ってますけど」 「そうだな」 そう苦笑しながら言うと「ッチ、そろそろ諦めればいいのに。しつこいな」と舌打ちしてから梨子たちに聞こえるか聞こえないかぐらいの小声で呟く。 「えっと、あの、出ないんですか?」 小首をかしげて問う梨子を見て、 「しゃーない。出るよ」 |
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