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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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unshakeable will
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……先輩へ
さきほどは貴重な情報をありがとうございました。おかげさまで特に問題なく事を処理することができました。先輩方には非常に感謝しています。

例の件ですが、あいつにも了承は得てありますので予定通り来週の水曜ということでお願いします。

* * *

「森先生、課題のプリント集めてきました」

日直だった梨子は、課題のプリントを集めて昼休みに森の研究室へやってきた。

「お、宮川。ご苦労さん」

森はパソコンから顔を上げ、梨子からプリントの束を受け取った。すると、研究室内をキョロキョロと見渡しながら梨子が落ち着かないことに気付いた森は、

「どうした?何か面白いもんでも見付けたか?」
「本がたくさんあります!」

梨子は楽しそうに本棚に駆け寄って、下から上へと棚を見上げた。そんな梨子を森は苦笑しながら見て、

「ああ。前にこの部屋の主だった先生がマニアでさ、退職するときに寄贈と称して置き去りにしていったんだよ。まったく迷惑だぜ。こんなにどうしろっつーんだよ」
「でも楽しいじゃないですか!色んなジャンルの本があって」
「俺はごめんだよ。こんな威圧感たっぷりの本に囲まれて。っとは言ってても処分するにしたって量が量だしなぁ……」

本がぎっしりと詰まった棚に窓と出入口以外を除いた四方を囲まれた自分の研究室を見渡して、森は心底うっとおしそうに答えた。

「わっ、この本すごい貴重な本ですよ!」
「つっても、俺は興味ないしなぁ」
「あ!これ、探してた本だ!」
「おーい、宮川。聞いてるか?」
「わわっ、これ絶版になっちゃったやつだ!すごい!」
「……確実に聞いてねえな、コレ」

キラキラした瞳でお宝の山である本棚から貴重な一品を見つけてはおおはしゃぎする梨子。そんな姿を見て森は呆れつつも静かに梨子の様子を見守ることにした。
机に肩肘をついてしばらく梨子を観察していた森だが、梨子が厚さ10センチ程の本を棚から引っ張りだして絨毯の敷かれた床に座り込んで読みはじめてしまったので、自分もパソコンに向かい仕事を再開した。

一時間後。ずっとパソコンに向かっていた森が肩を回しながら梨子の様子をうかがうと、依然として床に座り込んだまま真剣な表情で本に夢中になっていた。

「どんだけ集中してんだか」

くすりと笑いをこぼした森は椅子から立ち上がった。

本には自分の知らないことがたくさんあって、それを知ることが梨子は好きだった。勉強が苦痛だという人もいるけれど、梨子は勉強することを大変だと思ったことはあっても、苦痛だなんて思ったことは一度だってない。

すっかり自分の世界に入り込んでいた梨子は、目の前に湯気のたつマグカップが差し出されたことで、ようやく現実に引き戻された。

「……森先生」

マグカップを差し出していたのは森で、梨子のように床にしゃがみこんでいた。

「ほれ。休憩時間だ。紅茶、飲めるか?」
「大好きです。ありがとうございます」

梨子が森から両手でカップを受け取ると、中の紅茶が少しだけ揺れた。

「もらいもんの紅茶だからな。今日はじめて開けたから味の保障はできねぇよ」

そう言いながら森は絨毯の上に座り込み、本棚に背中を預けた。

「私、この香り好きです。いただきます」

梨子も森と同じように棚に背中を預けるように座り直した。

「お。崎本先生の土産だからどんな奇抜なもんかと思ったけど、案外普通だな」

紅茶を一口飲んでから森は感想を漏らした。

「……奇抜?」
「そう。崎本先生、研修と称してよく海外に行くだろ?そん時に毎回土産を買ってきてくれるのはいいんだけど、なんかやたらおかしなもんばかりくれるんだよなあ。なんとか族の守り神のお面とか」
「お面、ですか」
「んなもんもらっても誰もいらねぇだろ?だから土産に注文つけるとか図々しいの承知で、『どうせ土産買うなら食べ物にしてくれ』って言ったんだ。食べ物なら食べちまえば残らないしさ。……とか思ってたら今度は激辛チョコレートとか意味不明なもんばっかり買ってくるようになって。けど、この紅茶は普通すぎて逆に驚いた」

パッケージは普通だった。ただ、そこに書かれている文字が森が把握している言語ではなかったため、どんな物であるか予想すらできなかったためしばらく放置していたのだ。しかし、いざ開けてみると案外普通の紅茶で、なんだか狐につままれた思いである。

「崎本先生、面白いですよね」
「ありゃただの変人だ」

独自の理論を展開する崎本の授業を梨子は嫌いではなかった。世界各地を飛び回った経験談を交えながら音楽の世界への興味をますます駆り立てる崎本の話を聞くのは、梨子にとって楽しみの一つでもあるのだ。

「でも、崎本先生のお話はすごく引き込まれます」
「それはあの人が自分の理論に絶対の自信を持っているからだな」
「自信?」
「そう。自分の信念を決して曲げない。だから相手にストレートに伝わるんだ。ま、あの人のそういうとこは尊敬してるよ。変人だけど」

自分の考えに確固たる自信を持ち、その自信は決して揺らぐことなく自分の中に存在し続ける。それは簡単なように見えて、実はとても難しいことで。





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