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ごめんよりありがとう
1 / 1 「私ね、お兄ちゃんから卒業しようと思うの」 「は?」 突然の宣言に修司は思わず手にしていたブラシを取り落としそうになった。 修司の部屋でベッドに並んで座っている二人。お風呂上がりの梨子の髪の毛を丁寧にブローし、仕上げにブラッシングをしていた時、梨子が突然そんなことを言い出したのだ。 「何。いきなりどうした?」 「あのね、私ね、思ったの。もう高校生になったからね、お兄ちゃんにいつまでも甘えてたらいけないの」 晴天の霹靂とはまさにこのこと。まさか梨子がこんなことを言い出すなんて。 「……何かあったのか?」 「えっ?」 ああ。間違いなく何かあったな。修司は梨子の反応を一目見て確信を持った。 修司はブラシを置いて、梨子を後ろから包み込むように抱きしめた。ふわりと梨子の髪の毛から漂うシャンプーの甘い香りが修司の鼻をくすぐった。 「で、急にどうしたんだ?」 「……だって、私もう高校生だもん」 「知ってるよ?」 「…………お兄ちゃんも大ちゃんも隼ちゃんも、みんな私のこと甘えっ子って言うんだもん」 それはそう言った時の梨子の反応が可愛いからだよ。修司は心の中でそう呟いた。 「……だめなんだもん」 「何が?」 「……一人でも頑張れなきゃ、だめなんだもん」 梨子は膝の上に置いた両手をぎゅっと強く握った。 『あなたは、いつも誰かに守られている』 そう言われて初めて気が付いた。梨子の側には必ず誰かがいて、梨子が困った時には誰かが助けてくれる。それは、梨子にとって、あまりに当たり前すぎて気付かなかったこと。 「強くならなきゃいけないの。助けられてばかりじゃだめなの!……みんなにこれ以上迷惑かけたくないよ」 助けられてばかりの自分はみんなに迷惑をかけてしまっている。梨子はそう考えていた。 迷っても、躓いても、一人で立ち上がれるぐらい強くならなければいけない。どんなことも自分で対処できなければならないのだ。 「私、いつもみんなに助けてもらってること、当たり前すぎて気付かなかった。ごめんなさい」 うっすらと梨子の目に涙が浮かぶ。そんな妹を見た修司は、 「梨子」 梨子の身体をひょいと持ち上げて、ペタンと座るようにベッドの上に乗せた。修司もベッドに片足を乗せて身体を横に向け、梨子と向き合うような体勢になった。そして今にも泣き出しそうな梨子にふわりと微笑みながら彼女の頭を優しく撫で、 ちゅっ おでこに一つキスを落とした。きょとんとする梨子に修司は、 「そんなの、誰が迷惑だなんて言った?」 「え?」 「兄ちゃんが梨子に甘えられて嫌だなんて言ったことあるか?」 「ない……けど。でも!」 「兄ちゃんは梨子に甘えてもらうとすごく嬉しいし、梨子が困ってたら助けてやりたいって思ってるよ。たぶん、大ちゃんたちも同じ気持ちだよ。それはさ、みんな梨子のことが大好きだからなんだ」 つまるところ、理由はその一つに尽きる。みんな梨子のことが好きだから、大切だから、だから出来るかぎり梨子のそばにいて力になりたいと思うのだ。 「全部一人で頑張るなんて、そんな寂しいこと言うなよ。助けを借りることは、決していけないことなんかじゃない。誰だって何もかも一人でやりとげるなんて無理なんだから」 一人で全てを成し遂げるのには、所詮限界があるわけで。例えそうなったとしても、振り返ってみるときっとどこかで誰かの助けを借りているはず。 「梨子だって、兄ちゃんたちが困ってたら力になってやりたいって思うだろ?」 「っ、当たり前だよ!お兄ちゃんのこと大好きだもん!」 「俺も梨子のその気持ちと一緒。そうやって相手のことを大切に想うからこその行動なんだよ。お互いに支えあってるんだ。だから、そういうときは『ごめんなさい』じゃなくて『ありがとう』って言うんだ」 修司たちは梨子を助けることに対して迷惑だなんで思ったことは一度だってないし、梨子だって修司たちの力になることだって多々あるわけで。 だからここは謝罪の言葉よりも感謝の言葉を。さらにそれよりもっと望ましいのは、 「まあ、言葉なんかよりも、兄ちゃんにしてみれば梨子が笑ってくれるのが一番嬉しいよ」 大切な妹の笑顔。そのためならなんだって出来る気がする。 「だから梨子。笑って?俺は梨子のニコニコが大好きだよ」 「お兄ちゃん……」 涙を拭ってからようやく笑った梨子を見て、修司は安堵の表情を浮かべた。 「それに、梨子に兄ちゃん卒業されたら困るんだよ」 「え、どして?」 「兄ちゃんが梨子のことを大好きすぎて離したくないから!」 「わわっ!」 修司は梨子をぎゅっと抱きしめた勢いのまま、ぼふっとベッドに倒れこんだ。 梨子を抱きしめたまま修司は梨子の頭を優しく撫で、ちゅっと今度は頬にキスを落とした。 「俺だけじゃなくて、大ちゃんたちもだけど、梨子に甘えられるの大好きなんだよ?」 「……ほんと?」 「ほんと」 修司の言葉を聞いて、梨子の表情が一際輝く。 「これからも甘えっ子のままでいい?」 「全然いいよ。むしろ嬉しい」 「これからもいっぱいぎゅーってしてくれる?」 「今もしてるのに?」 「違うよ!明日も明後日もずーっと!」 可愛くて可愛くてたまらない大切な妹にそんなことを言われて、修司の答えは一つしかない。 「もちろん」 修司は梨子を抱きしめる力をほんの少しだけ強くした。梨子はきゃーと言いながらも嬉しそうだ。 「今日、このままお兄ちゃんと一緒に寝てもいい?」 「さっそく甘えっ子発動か?……いいよ」 修司は梨子を抱きしめたまま毛布を被り、電気のリモコンのボタンを押した。 「おやすみ、梨子」 (梨子がいなくなったら、俺どうなるかな) 梨子に依存しているのは自分の方。それを自覚している修司は心の中で自嘲気味に笑った。 ごめんよりありがとう (2010/09/20-2010/10/17)
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