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運命なんて言わない
1 / 3 「遥くん大学部に行くのはじめて?」 「ううん。二回目だよ」 ゲストメンバー発表翌日の放課後、梨子と遥は高等部から大学キャンパスへと続く林道を歩いていた。二人の手にはそれぞれヴァイオリンとチェロのケースがある。 「先週、大学部の図書館に行ったんだ。あそこ蔵書が多いでしょう?」 「そっかぁ」 英聖学院大学図書館は膨大な蔵書数を誇り、日本でも有数の巨大図書館である。 英学の生徒はICチップ内蔵の学生証を機械に通することで中等部・高等部問わず利用が可能になり、また学外の人間も利用者登録をすることで利用可能となる。 「でも芸術学部棟は行ったことがないから、梨子ちゃんと一緒で助かったのは僕の方かもしれないな」 「私も一回しか行ったことないから心配だけど、たぶん大丈夫だよ!」 迷ったら誰かに聞けば良い、と楽観的に言ってのけた梨子を見て遥は笑った。 しかし、広いキャンパス内とはいえど詳しい案内標識はきちんと設置されているし、さらに今日のために用意したのだろう。“学内オケ参加メンバーはこちら!”という明らかに手書きと言える文字と矢印が記された紙がそこかしこに貼られている。しかも全て筆跡が違い、デザインもカラフルなものからシンプルなものまで様々だ。 「これ、学内オケの先輩たちが書いたのかな……」 「そうだったら楽しい先輩たちなんだろうね」 確かに楽しい人達ですよ、と梨子は心の中で答えた。梨子が知る学内オケのメンバーはコンマスと正指揮者しかいないが、コンマスである塚本潤ならやりかねないと思った。 個性溢れる案内に導かれて梨子と遥は芸術学部棟に足を踏み入れた。中にも紙が何枚か貼られてあり、そしてたどり着いたホールは両開きの扉が開け放たれていた。そこには“学内オケ顔合わせ会場!”という一文と何だかよくわからないうずまきの絵が書かれた紙が貼られている。 二人は扉の陰から中の様子を窺う。中には大学のオケメンバーが数人と梨子たちと同じ高等部の制服を着た生徒が数名。そして指揮者台の上でこちらに背を向けて椅子に座っている人物。梨子はこの人物に見覚えがあった。 「とりあえず、中入っちゃおうか」 「そだね」 いつまでもこうしていても仕方がないので二人が中に入ろうとした時、 「あれー、梨子ちゃん?」 「え?」 二人が振り向くとそこには潤がニコニコしながら立っていた。 「梨子ちゃん、久しぶり」 「こんにちは。お久しぶりです塚本先輩」 「あーもー会いたかったよー!」 潤は笑顔のまま梨子の頭を撫でた。 「彼は梨子ちゃんのお友達?」 「はい、同じ一年生でチェロの天宮くんです」 「天宮遥です。よろしくお願いします」 「コンマスで四年の塚本潤です。よろしくねー」 潤と遥は軽く握手を交わした。そして潤は遥の後方、指揮者台の上の人物に声をかけた。 「ねぇ、恵介!梨子ちゃんだよ!」 ずっと指揮者台に座っていた恵介が振り返り、台から降りてこちらへ近づいてきた。 「お久しぶりです、二葉先輩」 「おー」 「これ、ウチの正指揮者の二葉恵介、22歳。彼女ナシ」 「おい、潤!」 潤の余計な情報付きの紹介に恵介は咎めるが、潤はさらに「あ、違った。恋人は音楽です……プッ」と自分の言葉に自分で吹き出したので、恵介はただ呆れて何も言えなかった。 「楽しい先輩たちだね」 「うん……」 この二人が学内オケを率いる主要メンバーなのかと遥は戸惑いながら、 「高等部一年の天宮遥です。よろしくお願いします」 「おう。で、いきなりだけど二人ともコレ何に見える?」 恵介が指差したのは、ドアに貼られていた紙。文字の下に書かれている、うずまきにイボイボがついた奇妙な絵は何かということなのだが。二人は問題の絵を凝視する。そして、 「……かたつむり」 「蚊取り線香、じゃないですよね」 梨子と遥はそれぞれうずまきから連想されるものを答えた。 「だってさ、潤」 「ブー!正解はホルンです」 「「えぇっ?!」」 たしかにホルンはうずまきに近いような形をしているが、これはさすがに、ない。 「もしかしてこれ……塚本先輩が描いたんですか?」 「そうだよ。ここまでの案内はオケのみんなで描いたんだ」 「やっぱり!遥くんとそうじゃないかって話してたんです」 梨子が「ねー?」と言うと遥は苦笑しながら頷いた。 「それでこれが塚本先輩が描いたものなんですね」 「コイツ、画伯だから」 恵介の言う画伯は絵が上手いという意味ではない。個性的で異彩を放つ……つまりは下手なことを意味する。 「ペンでただ矢印書いて済ませた恵介もどうかと思うよ。遊び心なさすぎ」 「道がわかりゃいいんだよ」 「つまんないでしょ。あ、そうだ二人とも言い忘れてたけど今日はパートごとに座ってもらうからね。チェロはあっちだよ。椅子に緑のテープ貼ってあるとこならどこでもいいからね」 潤は指揮者から見て右側を指差した。 「えっと、私は……?」 「ヴァイオリンは赤テープね。梨子ちゃんには特別に俺の隣キープしておいたから!」 「あ、ありがとうございます」 潤が指し示す先、指揮者から見て左側最前列のコンマス席には潤のものであろうヴァイオリンケースが、そしてその隣にはリュックサックが一つ置かれていた。 コンマスの隣に自分なんかが座っていいものかどうか梨子は戸惑ったが、潤があまりにも嬉しそうにしているためただ礼を言うことしかできない。 |
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