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おいかけっこ開始
2 / 2 「優ちゃんの声ずっと聞こえてたよ」 「うるさかったろ?」 「えっと……えへへー」 梨子がごまかすように笑うと、 「梨子可愛い!超可愛い!」 いきなり優希がギュウと抱きしめてきた。 「優希!お前マジ反省しろ、っつーか離れろ!」 「無理!絶対やだ!」 修司は優希から梨子を離そうとするが、優希はさらに抱きしめる力を強めたためどうにもうまくいかない。 「優希!」 「だって梨子の制服可愛いんだもん!あ、違うからね梨子。制服じゃなくて、制服を着た梨子が可愛いんだよ?まぁ、梨子なら何着てても可愛いんだけどね。ああそうだ。きっと何も着てなくて、ゴフッ」 ついに修司の裏拳が優希の顔面に炸裂した。優希は梨子を離して顔面を右手で抑え、左手をドアの枠について今にも倒れそうな体を支えた。 「お前、マジでいい加減にしねーとぶっ殺す!」 修司は優希から取り返した梨子をギュッと抱きしめて頭を優しく撫でながら、その優しさとは正反対の暴言を優希に向かって吐いた。修司の背後に般若が見えたのはおそらく気のせいではない。 「スイマセンデシタ」 優希は顔面をおさえたまま素直に謝った。 その後すぐ、廊下のざわめきがさらに大きくなった。 「あれ、なんで優ちゃんと修ちゃんがいるの?」 「うわ!修ちゃんはわかるけど、優ちゃんまでいる意味がわかんねぇ」 さらなるアイドル二人組、双子が音楽科棟にやってきたのだ。 「チョイ待て、隼。うわって何だよ」 「音楽科に優ちゃんがいる必要がないからだよ」 「お前らもそうじゃん」 「俺らは梨子を迎えに来たの。約束してたから」 「じゃあ俺も」 「必要ないから」 家では見慣れた優希と隼輔のこのやり取りも学校ではめったに見られないものなので、女子生徒たちは貴重なシーンを心に焼き付けるように凝視していた。 「修ちゃん、悪いんだけど優ちゃん無理矢理にでも連れて帰ってくれない?このままじゃ、周りのご迷惑になるから」 この蒼輔の依頼に対し、修司は深くため息を一つ吐いて「仕方ないよなぁ」と呟きながらネクタイを少しゆるめた。 「おい優希。大学に戻るぞ。お前も俺もやることまだあんだから」 「えぇ?!もう少し梨子といたい!」 「すぐ帰るぞ。隼と蒼、梨子のこと頼むな」 「おー」 「了解」 こうして優希を無理矢理引っ張りながら修司は帰っていった。 そんな一部始終を目撃していた友人たちだが、 「なんだか楽しいものが見られたね」 とあさみは微笑み、 「やっぱり過剰な溺愛は勘弁」 比奈乃は改めて確認し、 「本当に梨子は大変だね」 ちひろはしみじみと感慨深げだった。 「もう帰れんのか?」 「準備できてるよ。ホラ」 梨子は鞄とヴァイオリンケースをちょっとだけ持ち上げて見せた。今日は授業はないのだが一応相棒であるヴァイオリンは持ってきていた。 「じゃあ帰ろ……」 帰ろう、と言おうとした蒼輔の表情がおもむろに歪んだ。 蒼輔の視線の先、隼輔と梨子が振り返って何事か確認した。 「げぇっ!」 そこに何かを見つけて隼輔の表情も歪んだ。 「二人ともどうしたの?」 「梨子、ちょっと荷物貸して」 「え、ちょっと、蒼ちゃん?」 蒼輔は混乱している梨子の手から鞄とヴァイオリンケースを半ば無理やり奪った。 「梨子、走るぞ」 「えぇっ?!」 隼輔に右手を捕まれて引っ張られるがまま走り出した。 そんな梨子たちを、友人たちは笑顔で手を振って見送った。 梨子たちが走り去ってすぐドアの前を女子生徒数名が通り過ぎた。 「あれ、双子くんたちのファンクラブの会長さんだよね」 あさみが首を傾げた。 「梨子だけじゃなくて、双子アイドルも大変だわ」 「っていうか、中等部の時ファンクラブのスローガンは“こっそり影からW王子を愛でる”じゃなかった?」 「気持ちが抑えられなくなったんじゃないかな。会長さんにしてみれば二年間も二人と学び舎が違ったわけでしょ?」 「歌にもあったよね。“逢えない時間が愛育てるのさ”ってやつ」 「この場合、育った結果暴走しちゃったけど」 今の双子の状況を考えると、とてつもなく不憫だと友人三人は思った。 「あの子たちも可哀相だけど、そろそろ私たちも帰らないと」 「うん。私、外で車待ってるから急ぐね」 「うん。バイバイあーちゃん」 「また明日ね」 「うん、二人も気をつけてね」 「ねぇっ!なん、っで、走ってんの?!」 「いいから黙って走れ!」 「梨子、頑張って!」 「意味わかんないよー!」 訂正します。高校生活初日は無事に終わりそうもありません。 保護者と保護者 (2010/03/25-2010/04/01) |
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