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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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半径1m 酸素欠乏注意
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「梨子先輩、片付け終わりましたけど」

「ありがとう。ごめんね、手伝えなくて」


部室でスコア集計をしていたら、後輩たちがやってきた。

試合後の片付けは大変なのに、それを全て後輩たちに任せてしまったことを申し訳なく思った。


「まだ仕事ありますか?」

「ううん。もうないから、上がってください」

「わかりました。じゃあ、お先に失礼します」

「お疲れ様でしたー」

「梨子先輩もお疲れ様です」


後輩たちが部室を出て行くのを手を振って見送った。

彼女たちと入れ替えに部員が一人部室に入ってきた。サッカー部三年で部長の樹貴(いつき)だ。

練習や試合の後には毎回一人残って自主練をしているので、他の部員より帰るのがいつも遅い。


「まだいたんだ」

「主務は忙しいので」


主務はマネージャーのリーダーといったところだろうか。事務作業から備品補充などを率先して行う。必要とあらば他の学校まで出向いて試合などの打ち合わせもする。いわばなんでも屋である。


「今日の試合さあ、オフサイド多いよ」


梨子は今日の練習試合のスコアを樹貴に見せた。

早々とユニフォームから制服へと着替えた樹貴はネクタイを締めながら机をはさんで梨子と反対側の椅子に座った。


「だって、あっちのライン上手いんだもん。あのセンターバックの……山口だっけ?」

「まあ、見事な統率っぷりだったよね」

「そうなんだよな。ちょっとチェックしたいんだけど、ビデオある?」

「そこのテーブル。まだラベル書きしてないんだけど」

「どっち?」


樹貴はビデオを二本手にとって見せた。梨子は一方を指差す。


「ラベルに赤いライン入ってる方。青いのはこの前の西高とやったやつ。ごめん。ラベル書くの忘れてた」

「俺書いとくよ、日付と場所と対戦相手だけでいいの?」

「キックオフの時間も書いておいて」

「オッケー。ちょっとペン借りるな」


樹貴は梨子のペンケースから黒ペンを一本取り出してラベルに書き込みを始めた。


「よっしできた」


ペンをペンケースに戻して、樹貴はビデオにテープを入れて今日の試合をチェックし始めた。

部室にはビデオから流れる試合の音声と、梨子が電卓を叩く音。


「梨子、電卓叩くの早くない?」

「年季入ってるから。だてに主務二年目じゃないよ」


梨子の上の学年にマネージャーがいなかったうえ、梨子と同じ学年にマネージャーが入らなかったので、主務を二年間務めるはめになってしまった。


「ねぇ、樹貴」

「ん?」

「この前部室の掃除してたんだけどさ」

「ああ、綺麗になってた。ありがとう」


先々週、いきなり部室が整理整頓されていたことを思い出して、ビデオから目線を動かさずにお礼を言った。


「でさ、ロッカーの上の埃まみれだったエロ本全部捨てたけど良かったんだよね?」


樹貴がガタッと椅子から滑り落ちた。机を挟んで反対側に座っていた梨子は、いきなり机の陰に消えた樹貴を心配して立ち上がりその姿を探した。


「危ないなあ。ビデオ落とさないでよ?余計な部費使いたくないんだから」

「俺よりビデオの心配?それより、俺は、見てないからな。梨子がいるし」

「別に見ててもいいけど」

「でも見てないから」


樹貴は椅子に座りなおして体勢を整えた。

実は付き合っている二人。部長として、マネージャーとしてお互いの大変さを知っている二人は、いつしかそれぞれが大切な支えとなっていた。


「割合的には金髪が多かったよね」

「み、見たのか?」

「チラッとだけだけど。興味あったから」

「俺だって見てないのに」

「見たかったなら見ればよかったのに」

「だから梨子がいるし」

「あ、そう」


梨子にとってはそこまで頑なに拒否しなくてもいいのにとは思ったが、それだけ自分のことを想ってくれていると思えば嬉しくもあった。


「俺は梨子が好きだよ」

「ありがとう」

「いや、そうじゃなくて」


何かを期待している樹貴。梨子には彼が何を考えているかよくわかっているのだが。

でも、自分はそう簡単に愛を囁くタイプではないわけで。


「たまには梨子も言ってほしいな、なんて」


時々、樹貴は自分より乙女だと思うことがある。練習中や試合中はあんだけ男らしいのに。

それが今はどうだ。なんとも可愛い表情をしているではないか。

捨てられた子犬のような目でじっと梨子を見る。寂しそうにたれた耳と尻尾の幻覚まで見えてしまうではないか。


「樹貴」

「なに?」


樹貴の耳と尻尾が嬉しそうにピンと立ったような気がした。

梨子が手招きをすると、机の上に身を乗り出してこちらへ顔を寄せた。

梨子も身を乗り出して、手を伸ばせば樹貴へと手が届く距離まで縮めた。

その距離、およそ1m。

梨子はいきなり樹貴のネクタイを掴んで思い切り自分の方へ引き寄せ、樹貴の唇に自らのそれを重ねた。

唇は一瞬だけ重なって、すぐに離れた。

二人はお互いに机に身を乗り出したまま、顔を見合わせる。


「どう?伝わった?」

「……とてもよく伝わりました」

「よろしい」


梨子は満足そうに頷いて、椅子に座り再び電卓を叩き始めた。

少し遅れて樹貴も椅子に座ったが少々ポカンとしている。


「俺、今、すげー乙女な気分だ。まさか梨子からキスされる日がくるとは思わなかった」

「私だって自分から樹貴にキスする日がくるなんて思わなかったし」

「もう一回したい」

「まだ仕事あるから無理」

「もう一回だけ!」

「無理!」

「ちょ、なんで逃げるんだよ?!」


部室内を逃げる梨子と追いかける樹貴。


しばらくしてついにロッカー際に追い詰められた梨子。

二人の距離、およそ1m。

「もう逃げられないからな」


二人の影がかさなるまで、あと少し。


「息もできないぐらいにしてやるよ」


酸欠になるほど噛みついて。





半径1m 酸素欠乏注意



(Title → 星屑リキュール)
 
マネジは裏方雑用ばっかりですよ。ビデオ撮影はプロでした(実体験)
(2010/03/30-2010/04/01)





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