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さあ、とびっきりの恋をしよう5
1 / 2 「透さん?」 放課後、駅までの道のりを梨子と透が並んで歩いていると、通りすがりに名前を呼ばれたので透は足を止めた。 「あ、この前はどうも」 「やっぱり透さんだったんですね。以前お会いした時と髪の色が違うから人違いかと思ったのですが」 「あん時は親父に文句言われたので黒くしてたんですが、いつもはこうなんです」 透は金色の髪の毛の先を少しだけつまんでみせた。 透と親しそうに話す少女、制服を着ているので恐らく高校生ぐらいだと思うが、梨子はこの少女を見るのは初めてだった。 楽しそうに会話を交わす透と見知らぬ少女をしばらくじっと見ていたが、ようやく透が梨子に気付いた。 「あ、悪い。梨子、こちらは衆議院議員の仁科先生のお嬢さん」 「はじめまして、仁科麻子と申します」 「はじめまして宮川梨子です」 お互いにちょっとだけお辞儀をした。 「先週、親父に強制連行されたパーティーで会ったんだ」 「あの時は本当にお世話になってしまって、申し訳ありません。父も透さんのことをいたく気に入っておりました」 「それは光栄です」 透は笑ったが、梨子はこんな風に笑う透を初めて見た。自分の知らない顔で話す透を見てなんとなく彼の存在を遠く感じた。 こんな風に思うのは初めてだった。 「透」 「ん?なに?」 「用事思い出したから帰る」 「え、じゃあ俺も帰るよ」 「一人で帰るからいい」 この場にいたくなくて、透が呼び止めるのも無視して逃げるように立ち去った。 * * * 「で、逃げてきたんだ」 「逃げたわけじゃないし」 「あのねえ、ここは法律に関することを相談する場所であって、間違っても恋愛相談室じゃないんですけどね」 「別に恋愛相談なんてしてないんだけど」 梨子が透を置いてやって来たのは、父親の知り合いの真島冴子が運営する弁護士事務所だった。 彼女の元へは何かある度に駆け込んでいるが、どんなに忙しくても無下にはせずにちゃんと話を聞いてくれる。梨子にとって姉のような存在だった。 「今ごろ透くんヘコんでるよ?」 「なんで?」 「そりゃ梨子ちゃんに冷たくされたからでしょ」 「冷たくなんか、」 「したでしょ?」 冴子には嘘も隠し事も通用しない。それは梨子もよくわかっていた。 「だいたい透くんが知らない顔してたなんて当たり前でしょう?」 冴子の言っていることの意味がよくわからず、梨子は眉根を寄せた。 「いい?透くんの中では女の子は二種類にわけられてると思うの」 「二種類?」 「そう。梨子ちゃんとそれ以外の二種類ね」 今だに意味がわからず冴子をじっと見つめると、冴子はビシッと梨子の鼻先を指差して、 「梨子ちゃんは誰よりも特別だってことよ」 そう言って笑った。 「それは私も同じだけど」 「じゃあ聞くけど、梨子ちゃんにとって透くんって何?」 「何って……」 「家族でもない。恋人でもない。ただの友達?」 「それもなんか違う。透は特別だもの」 梨子にとって昔から透が傍にいるのは当たり前で、透の隣にいるのは自分しかありえないという想いがあった。 しかし今日、知らない女の子と話す透を見てそれは間違いなのではないかという疑念が浮かび上がったのだ。 「この先もずっとそんな関係が続くと思ってるの?透くんがいつまでも梨子ちゃんの隣にいる確証なんてどこにもないのよ?」 「わかってる!わかってるわよ、そんなこと!!」 冴子は驚いた。梨子がこんなに感情をあらわにすることなど滅多にない。自分が記憶してる限りは初めてだった。それだけ今の梨子の心を大きく揺さぶるような問題らしい。 肩を落として俯いている梨子を見ながら、冴子は心の中で透に謝罪してから口を開いた。 「梨子ちゃん。わかっているとは思うけど、今までは透くんが恋愛感情で好きだっていう女の子がいなかったから、あなたはずっと特別な存在として傍にいられたの」 俯いたままの梨子の肩がピクッと動いたのを冴子は見逃さなかった。 「だけど、今後もそれが続くなんて100%ありえないことよ。逆もしかり。梨子ちゃんが透くん以外の誰かを好きになる日がきっと来る」 「っ、私は、」 「このままなんて絶対にありえない」 冴子が言い切ると、梨子が勢いよく顔を上げた。その瞳は揺れていた。様々な感情が彼女の中で渦巻いているのだろう。 「あなたはどうしたいの?もしずっと透くんと一緒にいたいなら、逃げるのはやめなさい」 「逃げてなんかな、」 「自分の気持ちと、それから透くんの気持ち。両方と正面から向き合わなければ、あなたの望む未来なんて一生やってこない」 流れる静寂の時間。 少々言いすぎたかと思い、何かフォローをしようかと冴子が思ったその時、 コンコン 「はい、どうぞ」 一緒だけ梨子を見てから入室を促した。数秒後に入って来たのは受付の女性。 「真島さん、お客様です」 「どちら様?」 「透さんです」 梨子はガバッと受付の女性の方を見た。 「通して」 「冴子さん!」 明かに様子の変わった梨子と冴子を見て、受付の女性は最後にもう一度冴子を見た。 「いいから。通して」 受付の女性は軽くお辞儀をして退室していった。 「お迎えよ」 「でも、」 「大丈夫よ。考えていること全部透くんにぶつけなさい」 「そんなこと言っても……」 「じゃあ何?梨子ちゃんにとって透くんはあなたの考えを言ったぐらいで離れていくような人間だとでも?透くんのことを今まで誰よりも近くで見てきたのは梨子ちゃんでしょう?だったら、わかってるはずよ」 梨子が目を見開いて微笑む冴子を見た。 コンコン しばらくしてから扉がノックされた。 「どうぞ」 冴子がそう言うと、扉が開いて透が遠慮がちに部屋に入ってきた。 「どうも、お邪魔します」 「待ってたのよ、透くん」 「え?」 「さあ、梨子ちゃん時間よ。これ以上は相談料金とるわよ?」 梨子と目の合った冴子はニッコリと微笑んだ。 「失礼しました」 梨子はドア付近に立つ透の脇をスルリと抜けて部屋を出ていった。 「すんません、御迷惑おかけしました」 梨子を追いかけようと慌ててお辞儀をして出ていこうとした透の腕を掴んで冴子が引き止めた。 「透くんゴメン」 「何がですか?」 「ちょっとハッパかけすぎたかも」 「は?」 わけがわからないでいる透に対して冴子はさらに続ける。 「後は透くんの力量次第。頑張ってね」 そう言いながらバシッと透の背中を叩き、頭に疑問符をたくさん浮かべたままの透を無理矢理部屋から押し出した。 冴子は閉めた扉に背をついて深呼吸をしてから呟いた。 「頑張りなさい、二人とも」 そしてデスクへ座って中断していた仕事を再開した。
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