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さあ、とびっきりの恋をしよう4
1 / 1 「馬鹿みたい」 「どした?」 「アレ」 透がリビングで待つ梨子にお茶を持ってくると、ソファに座る梨子はテレビのリモコンを目の前のテーブルの上に放り投げた。そしてテレビ画面を指差した。 「ああ、国会中継」 「小学生の学級会のほうがもっとマシ」 「ごもっとも。なあ、ダージリンの缶開けたけどよかった?」 「うん」 透はいれたての紅茶の入ったマグカップを梨子に渡しながら、自分も彼女の隣に座った。 ここは透の家ではない。梨子の家だ。 二人が家で過ごす時はお茶を入れるのは自然と透の役目になっていた。 マンションの隣同士の部屋に住んでいる二人。お互いの家は自分の家も同然なほど頻繁に行き来している。 といっても、透が梨子の家に行くことの方が圧倒的に多いのだが。 「こんなん見てたら血圧上がるよ」 「まだ若いわよ」 透は無造作に放られたリモコンを手にとってチャンネルを変え始めた。 「面白いのやってないな。なあ、なんか映画観てもいい?」 「好きにして」 梨子はマグカップに口をつけた。透はソファから立ち上がって、大きなテレビの横のラックをあさりはじめた。 映画好きな梨子の家には映画のDVDが数多く揃っている。洋画と邦画の割合は8対2ぐらいだろうか。 音響も充実しており、5.1chサラウンド完全装備だ。 「新しいのどれ?」 「そこ。一番下の段の右から三本」 「ああ。これか」 梨子はラックの一部を指差した。そして透はその中から一本を選び、梨子にケースを見せた。 「これでもいい?」 「なんでも。私は全部みたもの」 透はケースからディスクを取り出してプレイヤーに挿入した。そして梨子の隣に戻って座る。 「これどうだった?」 「音楽はよかった」 「内容は?」 「普通」 「あっそ」 梨子の批評はなかなか厳しいがそれなりに確かな評価をするので、透は内容についてはあまり期待しないようにした。 映像が流れ出してから数十分後、透がチラッと隣を見ると梨子はボーっと画面を眺めていた。なんとなく眠そうにも見えた。 「眠い?」 「べつに」 「寝てもいいよ」 「うるさい。集中して観れば」 「へいへい」 透は画面へと目線を戻す。 そしてさらに数十分が経過したとき隣の様子を窺うと、透とは逆の方に体を横に倒し、ソファの肘掛部分に頭を乗せて静かに寝息を立てている梨子の姿あった。 透は苦笑してソファから立ち上がり、他の部屋から大きめのブランケットを持ってくると、それを広げて梨子にかけた。 「やっぱり眠かったんじゃん」 梨子の眼鏡を外してやりながら呟いた。 流れる映画を全く気にせず、ただ静かに眠る梨子の寝顔を見つめた。 「触ったら怒られるかな」 そう言いながらも、意識とは無関係に手は梨子へとのびる。 顔に掛かる髪の毛をよけてから、何度か頭を優しく撫でる。その手は次第に下がっていき、ついに頬に触れた。 透はソファに片膝を乗せ、手をソファの背もたれ部分について体を支え、梨子に覆いかぶさるような体勢になった。 「もう怒られてもいいか」 透は梨子の額にゆっくりと唇を落とした。そして梨子の耳元に唇を寄せ、 「梨子、好きだ。……愛してる」 静かに囁いた。 しばらくこの至近距離のまま梨子の寝顔を見つめていた透は体を起こし、何事もなかったかのように先ほどと同じようにソファに座って映画の続きを観はじめた。 彼女が目を覚ましたのは、映画のエンドロールが流れ始めたのとほぼ同時だった。 「起きた?」 「……起きた」 寝起きのあまりよくない梨子はもそっと体を起こすと、不機嫌そうにポーッとテレビを見つめた。 「映画終わったよ」 「うん」 そう言いながら透を見た梨子は、眉間に皺を寄せた。 「何ニヤニヤしてんの?」 「へ?」 「気持ち悪い」 透は梨子に指摘されて両手で自分の頬に触れた。 「映画、そんな面白かった?」 「ん?映画?……ああ、映画ね。まあまあ」 自分のしまりのない顔の原因は映画ではないことを透はわかっている。 でも、正直に話す気はない。今日の出来事は自分だけの秘密だ。 いつか、ちゃんと伝えるその日まで。 (2010/03/31-2010/04/02)
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