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(C)Yuuki nanase 2010 - 2013



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星の海のくじら
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「それ、なんて歌?何語?」


ベランダに立って、隣で煙草をふかしていた宗一(そういち)が珍しく歌を口ずさんでいる。それは日本語の歌詞でなければ英語でもない。


「あー、多分フランス語。タイトルは……悪い、わからない」


宗一は幼い頃にフランスに住んでいたことがあるらしく、フランス語に関してはほぼ完璧だ。


「綺麗な曲だね」

「俺が唄っても綺麗に聴こえるなんて素晴らしい曲だな」

「宗一の声、わたし好きだよ?」


いつだってやすらぎと安心を与えてくれる彼の声は梨子にとって精神安定剤のようなもの。それを聞いた宗一は照れ臭そうに笑った。


「ガキの頃もこうして家のベランダから母さんと天体観測してたんだ」

「フランスにいるとき?」

「そう。その時によく母さんが唄ってた曲なんだ。随分昔のことなんだけど、覚えてるもんだな」


ついさっきふと記憶が蘇ったあの時の歌。タイトルすら知らない歌だけど鮮明に覚えていた。


「宗一にとってすんごく大事な思い出だからだよきっと。だからちゃんと覚えてたんだよ」

「そうだな」


母親との思い出など恋人に語れば人によってはマザコン扱いされそうだが、梨子はいつも宗一はお母さんを大事にしている証拠なのだと言った。

梨子は以前、親を大切にしない人とは結婚したくないし自分も母親が大好きだからお揃いだと笑ったこともある。


「流れ星まだかなぁ……」

「時間的にはもう見えてるはずなんだが」


宗一が携帯電話で時間を確認した。

二人がベランダにいる理由。それは流星群を見るためだ。そのために寒いなかベランダにずっと二人並んで立っているのだ。


「なあ、梨子」

「なに?」

「やっぱり明日以降の方が確実に見られると思うぞ。天気予報的にも最適だと言っていたし、今日は極大だといっても雲が結構多いし難しいんじゃないか?」


これだけ外で見張っておいて言うべきことではないかもしれないと思いつつ、宗一は本音をもらした。

空には雲が立ち込めており、時折切れ間ができるも天体観測に向いているとはいいがたい。


「こんなに頑張ったのに、ここで諦めたらただの寒がり損でしょ?!」

「今時期の天体観測なら寒さは必ずついてまわるだろ」

「だったらこのまま頑張る」

「雲が邪魔して見えないと思うぞ」

「嫌なら宗一は部屋に戻っていいから」


そんなこと言われても梨子を一人ベランダに置いておくなんてできるはずなどない。

宗一は一度溜息を吐き、


「俺も入れてくれ」


梨子が包まっていた毛布を奪い取り、梨子の身体をを後ろからすっぽりと包むように抱きしめて彼女ごと毛布に包まった。


「一気に暖かさが増した」

「やっぱり人の体温だよな」

「ね、宗一。さっきのもう一回唄って?」

「リクエスト料は?」

「お金とる気?」


軽く後ろを向いて宗一を睨むと、彼はニヤリと笑いながら自分の頬を指さしていて。

即座に理解した梨子は背伸びをして宗一の頬に一瞬だけ触れた。


「どう?」

「確かに……あ、流れた」

「え、どこ?!」


慌てて振り向いて宗一の指し示す方向を見るも、すでに流れてしまった後で。


「そーいちのばかあっ!」


宗一にリクエスト料なるものを支払っている間に決定的瞬間を見逃してしまった。

半泣き状態で自分の胸元をポカポカ叩く梨子に困ったと顔をしかめる宗一だが、ふと空を見上げると視界が一気にひらけていた。


「梨子!」

「言い訳はいらないよ!」

「違う!空見ろ!雲が……」


梨子がゆっくりと空を見上げる。


「す、ごい……」


驚きのあまり目を見開いた。ついさっきまで雲に覆われたままだった空。それが今は煌めくたくさんの星が流れていた。


「……なんで?」


何故こんなに一瞬にして雲が晴れてしまったのだろうか。


「風だよ」

「かぜ?」

「強い風が雲の流れを速めていたんだ」

「……へえ、そっかあ。まあ、これも私の日頃の行いのおかげかな」


さっきまで散々人に当たり散らしていた人間の言葉とは思えないが、宗一は無邪気に喜ぶ梨子を見れただけで満足なので何も言わなかった。


「そーいち!すごい!」

「うん、本当にすごいな」



とめどなく溢れ出す星々に満たされた空を憧れの眼差しで見つめる姿はまるで、


まるで海に恋い焦がれるくじらのようだと思った。




星の海のくじら





(title→電子レンジ)
 

(2011/02/13-2011/04/03)



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