あかりがまぶしい
03
「早かったなぁ、それにしても」

 体操着から一転、私服モードの部長さんは、すっかり「イマドキ」の女の子だった。

「お待たせしては悪いと思って……」
「逆に俺があんたをお待たせしちまっただろう」

 リペアルームに招き、先程のルーズリーフを渡した。いつのまにかそれは三枚もの分量になっていて、

「こ、これは……」

 と部長さんも言葉を継げずにいた。

「あー、繰り返すようだけど。俺は森野内潤也。一応近くの神坂音楽学院でリペア学科を専攻している」

 へぇーと聞き入っていた部長さんは、慌てて名乗り始める。

「わっ私は桜並第二中学校の吹奏楽部部長、佐倉鈴鹿と申します。に、二年です」
「え、二年? 三年じゃないの」
「あ……部長ですし、二年です。その、訳あって」

 部長さんはその「訳」を簡単に話してくれた。


「単刀直入に言いますと、私たちの一つ上の先輩方が一人もこの部に入部されなかったのです。それがなぜかという理由までは知りませんが……。まあ、無名の部活ですから。
 初めは戸惑うこともありました。何せ昨年の夏真っ盛りに二つ上の先輩方が部を去ってしまったわけですからね。一年生ばかりの部活というのはやはり少し、違うものです。
 ……ええと、そういう経緯であります」
「なるほどね。よく頑張ってるよなあ。大変だろ」

 この一言の直後だった。佐倉部長は下唇を噛み締めて大粒の涙を落とし始めたのだ。おりあしく、俺は差し出すハンカチを持ち合わせていなかったので、箱ティッシュを差し出した。何ともバツが悪かった。
 その白い薄紙を目に鼻にあて、一通り落ち着くのを待つ。佐倉部長は姿勢を正して、言った。

「すみません、はしたなくて……。
 本当に、どうしていいか分かりませんでした。他薦、多数決で決まってしまいましたし。
 部員の悪口を言うつもりはありませんが……いえ、私の力不足ですね。私の指示はあまりみんなに伝わらないみたいで。実は朝練も、二つ上の先輩方がいらした頃は皆、ちゃんと出席していたんです。……面目ないです」

 心細いよなあ。
 そんな具合にしか思えない。

「慰める訳でも何でもないが……時間、まだあるか?」
「はい」
「そうか。今から話すのはな、大学のダチから一度聞いた話だ。面白くも何ともないから、期待はするなよ」


*****


 そいつの友達――フミヤって言ったかな。フミヤは中学の頃、お前さんと同様吹奏楽部の部長だった。さすがに二年の後期からだったけどな。
 フミヤはもうすごい奴だったらしくて、技量とか表現力とかで奴に敵う部員はいなかった。あれはもう才能だって。先輩たちにも一目置かれる存在でさ、フミヤが部長に立候補して誰も文句は言わなかったよ。
 でも、先輩が去って数カ月もしないうちに、フミヤは気付かされたんだ。部内の空気に自分が馴染めなくなっている事にね。
 複雑な理由なんてこれっぽっちも無かったさ。フミヤの技量に皆、気後れしちまっていたわけ。フミヤは部長として皆の指導に力を入れた。実際、フミヤ自身他の部員の技量に満足していなかったんだ。けどな、人間の妬みってのはつまらないもので、無気力や反発を生み出した。フミヤが気を配れば配るほど、皆のモチベーションは下がってしまったのさ。お互いに、辛かっただろうよ。
 フミヤはなんとか引退まで部長を全うした。しかしその絶望は史哉を音楽から引き離した。楽器なんて触る事はおろか、目にもしていないとよ。一種のトラウマみたいなもんだろう。


*****


「……つまりその、何だ、あんまり頑張り過ぎるなって事だ。音楽人生を棒に振りたくなかったらな」

 佐倉部長はただじっと俺を見据えて、悲痛な心境を押し殺すように呟いた。

「悲しすぎます」
「そうかね」
「そうですよ! フミヤさんは部活が、いえ、音楽が好きだっただけじゃないですか! 部員の皆さんが勝手過ぎたのでしょう! そんなのって……」

 やっぱり中学生だな。そこが甘いんだ。

「好きだけじゃ、音楽はやっていけない」
「でも」
「音楽は一人でやるんものじゃない」

 佐倉部長の言葉尻にかぶせながら、俺は断言する。

「部長が可哀そうとか部員が悪いとか、そういう次元の話じゃない」

 覚えておきな。

「部長が一番やんなきゃいけない事は、部員を信じることだ」

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