あかりがまぶしい
記念日前夜
 二人一緒にあの世に呼ばれるなんていうことはきっと特殊な事例なのだろうと思う。しかし死んだ後のことは死んだ者にしか分からない。そして死人は健在者に何も語らない。
「お前たちは永劫、二人でここにいるが良い。一緒にここから、お前らがいた世界を見ているがいい」
 この世のものとは思えない人だ、と思いながら聞いていた。そしてふと思い当たる。
 俺らももう、こちら側なのだ、と。




 二人一緒に、大切に扱われているようだが、彼女との記憶で残っているものは彼女の優しい笑顔と誰のものか分からない二つの言葉だけだ。
「あの日のままでいよう」
「あの日のままでいるのがきっと、一番正解だよ」
 俺の言葉なのか、彼女のものなのか、他の誰かのものなのかも分からない。ただ言葉が言葉のまま、音声情報も視覚情報も与えられることなく頭にジンと残っているのだ。きっとこっちの世界に来る間に何かミスがあったのだろう。それとも、そういう仕組みなのだろうか。
 隣にいる彼女は先ほどから一言も発していない。それは俺もなのだが、まだ"自覚"が生まれていないのかもしれない。もう向こうの住人じゃなくなったこと、そしてこちらの世界で俺と一緒にいること。素直に受け入れている俺の方がどうかしているのか。
 そんな風に観察してはいるが、肝心の記憶がないのだ。記憶はないが、感じるものはある。彼女の顔を見ると、愛おしいような胸が熱くなるようななんとも言えない大きな感情が湧いてくる。きっと俺にとって大切な人だったのだろうと推察するのは容易なことだった。




 足元では見慣れた街並みが映し出されている。「無限に広がるハイビジョン」と謳ったTVコマーシャルのフレーズを思い出す。そのテレビの端に映る傾いて触れ合う二つのワイングラスが記憶の縁に引っかかった。
 思い出しかけたところで、彼女の悲鳴に思考が遮られる。
「いや!ごめんなさい!……お願いだから……」
 彼女の記憶の中で何かが蘇ったのかもしれない。
「いや、いや、いやいやいやいやいや……」
 でももう、帰れないのだ。彼女の頬を優しく撫でて、指先をその白い首元へと持っていく。
「ごめんな、大丈夫だから」
 彼女の噎び泣きは止まない。俺は優しさを纏った指先に力を込めた。自分でも意外なほどに表情筋が動かない。
「大丈夫、もう死なないんだよ俺らは。だってもう、死んだんだから」
 苦痛に歪む顔。苦痛を感じているのか、苦痛の記憶を蘇らせているのか分からない。
どちらでも構わない。荒れる呼吸が彼女とシンクロする。
「ずっと一緒だ、嬉しいだろう」
 偉そうに俺の後ろで言い捨てたあいつが、遠ざかっていく。遠ざかるほどに記憶が蘇る。
「あの日のままでいるのがきっと、一番正解だよ」
 記念日前夜。傾いて触れ合うワイングラス。口をつける二人。
「お前が戻りたいのはあの日じゃないんだろ?」
 視界から消える彼女。
「出会ったことさえ無かったことにしたいはずだ」
 倒れる彼女の上に重なる俺の身体。
「ああ……あの日のままでいよう。出会ったあの日に」
 俺たちの記念日が、俺たちの命日になった。これ以上の喜びはない。

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