灯りの少ない部屋で、彼女はそれに観入っていた。俺は背中を座椅子の背もたれに委ね、コーヒーとクッキーを交互に口に含みながらそれを観ている。
『きっとあたしは、あんたを不幸にする』
降りしきる雨の中、傘に守られた美人が悲痛に顔を歪ませながら男にそう言い放つ。
『俺はそんなものに負けないよ』
『分かるの、みんなそう言った。あたしから離れていった人はみんな』
ザー、と二人の会話の間を埋める雨音は絶え間なく沈黙を塗り潰し続けているはずなのに、二人の気まずさはしっかりと表現されている。
『みんな同じ事を言ってくれたよ』
流れ始めるエンディング。ハスキーな女性歌手が歌うそのメロディーは情熱的で、しかし歌詞が英語だったのでその意味するところはよく分からなかった。……それにしてもまた、こんなところで続きになるのか。
「まーた泣いて」
「だって……お話が悲しいんだもん……」
彼女が過去に観たドラマをまた観たいと言い出したので、レンタルDVDの鑑賞デートをしていた。昔好きだったはずなのに内容がよく思い出せないのだと彼女は話していた。
全15話中、今日で話は折り返しに来た。俺からすれば大の大人がこんな恋愛ごっこにこうも情熱をかけられるものかね、と一歩二歩引いた視点でしか観れない。しかし隣の彼女は毎話毎話で大泣きである。前回は一日に三話を消費したのだが、ゴミ箱が彼女の涙と鼻水を吸ったティッシュでいっぱいになってしまって、家主であり男の俺でもさすがに苦笑を抑えきれなかった。まあ、泣くという行為は心理学的にも悪いことではないらしいから、我慢するくらいならこういう時にたくさん泣いてほしいと思う。
「ほら、顔洗って来なよ」
「うん……鼻かんだら洗面所行く……」
言葉を言わないうちにグシー、と鼻をかむ。愛だの恋だのを口にするほどパッショネイトな男ではないが、彼女のこういう飾らなさが好きで、とても安心する。
「半分くらい観たわけだけど、結局どっちと結ばれるの?」
このドラマで特別面白いと感じたのはそこだった。大抵のドラマは、複数の恋人候補が居たとしても、キャストや話の流れなんかで最終的に結ばれそうな主役が見えてくるものである。しかしこの話は最後までそれを引っ張り続けるつもりらしい。
「わかんない。でも私だったらこっちの人がいいな。さっきまで話してた人は、なんか優しすぎるんだもん」
こっち、と言いながら彼女はDVDのパッケージにうつる俳優を指差した。確かに彼はドラマの中ではヒロインに対して無愛想な態度を取りながら、影で彼女を見守り続ける男を演じている。
「そういうもん?」
「そういうもん」
男の俺に男の良さはよく分からない。
「腹減ったな」
「夕ご飯食べたしお菓子食べながらドラマ観たのに!」
「減ったものは減った」
彼女の柔らかい唇を軽く噛む。不意をつかれたせいか、彼女は文字にならない驚きの声を上げていたけれど。
「苦い! コーヒーの味がするー」
「あー……おいしいおいしい」
もがもが、と彼女がやたら暴れることに気付いて顔を離すと彼女が俺のメガネを外した。
「これが邪魔で、しにくい……」
ムスリと唇を尖らせて呟いた後、キュウッと照れたようにはにかんで、再びのキスは彼女からしてくれた。
大学生活も終わりに近づいた頃、”友達"だった彼女が”彼女"になった。彼女は就職の道を、俺は進学の道に進む。彼女は毎日朝からの勤務に、俺は日々一進一退を見せる研究に勤しむ。つまり、来年からは生活のパターンがお互いにすれ違うことになる可能性が十分にあるということだ。
すれ違うのは生活だけだと叫びながら、彼女がよく着る白いワンピースを雨風や汚れから守る盾になる自分を想像する。あまりにも滑稽で、あまりにも情熱的な図だと感じた。
(俺はそんなものには負けないよ)
心の中で呟いたのは、彼女があまり好きではないと言った俳優の、ドラマの中のセリフ。たとえ作中でも嘘になっていないことを願いながら彼女の背中を優しく抱き寄せた。
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【使用お題】白いワンピース(第3回)