あかりがまぶしい
12.告白
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「あなた、左良井さん?」

 自分の知らない人が声をかけてきたことに、左良井さんはとても驚いたらしい。自分から話しかけることも稀な左良井さんに、声をかける他人はそういない。

「……はい」

 そして何より、左良井さんを呼び止めた彼女の美しさが、左良井さんを一番戸惑わせた。

「わたし、同じ学科の3年の松山?。学部棟ですれ違ってはいると思うよ?」

 先輩。僕に勝手な理想を抱き、昨夜告白して、少しもめてしまったものの僕は彼女の気持ちを丁重に断った。

「すみません、人の名前と顔、覚えるのが苦手なんです。……なにか私にご用ですか」

 自分の知らない人が自分の名前を知っていて、声をかけられる。左良井さんは身に覚えのない不安感を感じていたらしい。左良井さんの口調の刺々しさは、彼女のつもり積もった精神的疲労の現れだ。

「ね、あなたって謙ちゃんと仲いいんでしょう?」

 先輩はあくまでも可愛らしく、秘密を打ち明けるようなトーンで訊ねたそうだ。しかし僕の名前を聞いただけで、左良井さんは動揺を隠せない。

「謙ちゃんって今、彼女いるの?」

 その質問を僕と離れて3ヶ月もしないうちに浴びるだなんて、それは驚いたことだろう。少し胸が痛む。
 硬い表情で、唇だけを引き上げて笑顔を作る左良井さん。

「さあ……私、別に、越路くんとそこまで仲いいわけじゃないので」

 詰め寄る先輩からは、上品な甘い香りがしたかもしれない。

「本当? でもあなたたちが一緒に歩いてるところ、わたし何回も見たことあるよ。付き合ってるんじゃないの?」

 わななく唇に気付いても、その形の愛らしさにはきっと先輩は気づかなかったに違いない。

「付き合ってなんか、いません」
「ふうん……じゃあ、わたしが謙ちゃんと付き合っても、誰も邪魔する人はいないんだねっ! よかったぁ」

 その時の先輩の表情は実にあどけなく幸せそうだったと、咲間さんは話す。

「ね、ね、謙ちゃんって他の女の子とどんな話してるの? 恋の話とか、したことある?」

 近くの椅子に腰を落ち着けてからというもの、先輩の質問は止むことを知らない勢いだったそうだ。

「他愛ないこと……ばかりですよ」

 質問のせいで、僕の日々を思い出さずにはいられない左良井さんを見かねて、咲間さんが声をかけようとする。

「あ、あの、私たちこれから用があって……」

 一つ歳が違うというだけで、先輩は咲間さんの話を当然のように遮った。

「わたし、謙ちゃんとたくさん話したよ。謙ちゃんがどんな人でどういう考えを持ってるのか、たぶん誰よりも分かってると思う」

 左良井さんのことをもっと知っていたなら、先輩だってそんなこと言わなかっただろうに。先輩の口調はどこか夢心地で、口を挟むのが忍びないほどだったそうだ。

「わたしのこともたくさん知ってもらった。この前少し真面目な話もして、きっとわたし、受け入れてもらえるって確信した。
 もう、言わないではいられないの。本当に本当に、わたし、謙ちゃんが好き」

 ほら、と先輩が携帯を開いて見せた画面は、塵が積もったような僕とのやりとりの履歴だった。

「わたしにとってかけがえのない時間が、ここにこんなに詰まってる。それがわたしの中で溢れはじめて苦しいの。もっと近くにいたい。もっと深いところまで知ってほしいって思ったら……」

 携帯を閉じて、これ以上ない優しさのこもった手つきでそれをそっと撫でていたという。

「謙ちゃんの隣に、もっといたいの。メールなんかじゃなくて、もっと近くてあたたかい距離で謙ちゃんを見ていたい」

 驚くべきことに先輩は、大きくて透明な涙を次々と流し始めたのだ。その美しい顔を左良井さんに真っ直ぐに向けて。

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