それから、先輩とのやり取りは絶えなかった。
彼女はどんな些細な出来事も、小さな電波に乗せて僕に報告してきた。いつしか0時からの小一時間は過ぎ去った一日の報告会と化し、その報告会は次第に日常化した。もちろん、僕からメールをしたことなんかただの一度もない。
だいたいは僕が彼女の話を聞いて終わりになるが、話題の比較的少ない日は、彼女が僕にとめどない質問を浴びせることになる。僕にとっては質問に答えるだけの、頭を使わない作業だ。
いつしか「こっちの方が可愛い」という彼女の論理のもと、僕は謙ちゃん≠ニ呼ばれるようになった。
『謙ちゃんって、誰かと付き合ったことないの? 絶対あるでしょ』
こういう断定的な言い方は好きじゃない。『何か根拠でも?』とでも聞けばいいんだろうけど、経験則からいって、それは根拠のない直感にすぎないのだろう。聞くだけ野暮だ。
本当のことを言っても話がこじれて面倒だし、彼女がそれを話すほどの対象ではないのは何よりも自明だ。これまでの人生で僕は、嘘はつかず真実を隠す方法を身に付けた。彼女の質問を過去形だと解釈し、僕は過去のことに関する答えを出す。
『いい出会いがあれば、良かったんですけどね』
僕の短い返信に、彼女が気後れを見せたことは一度もない。彼女は彼女のペースを乱さない。
『へぇ、意外。それにしては、女の子に対しての対応に慣れてるよね。
これから、作る気もない?』
僕が女子に慣れている、というのは違う気がする。僕はただ、男女の区別や特別とそうでないものとを区別する線が、他の人たちよりも薄いってだけなんだと思う。実際、僕が今女の子として意識しているのは唯一左良井さんだけだし、たぶん彼女の言う『慣れた反応』というのは、親しみでなくただの無関心だ。嫌われるのは損だし仲良くしていれば損なことはない。左良井さんを除いたすべての女の子たちは僕のそんな価値判断に利用されているに過ぎない。
しかしそれを説明したところで先入観にまみれた彼女には何も伝わるまい。僕は、伝わらないことは努力してまで伝える必要はないと思う主義なのだ。
『誰かを幸せにするなんて、僕には荷が重いみたいです』
僕と一緒にいることで、左良井さんが幸せと感じていてくれていたかどうかなんて、僕に分かる訳がない。離れてしまった今となっては尚更だ。彼女の笑顔は僕だけの価値でありそれは他の誰にも譲れない価値だった。現時点、僕は左良井さん以外の女の子を幸せにする必要もないし、左良井さん以外の女の子の幸せなんて僕の知ったことではない。
言ってしまえば、もうなんでも、どうでもいいのだ。
『じゃあ、今からの話は全てもしも≠フ話。ちょっと聞いてもいい?』
そのすぐ後の文章に、そのもしも≠ヘあった。質問を繋げるのに、どうしてわざわざいい?≠ネどと聞くのかと僕は呆れながら続きを読む。
『もし謙ちゃんに彼女がいたとして、その彼女が浮気してるって知ったら、どう思う? 彼女になんて言ってあげる?
……何も言わないのは、ナシね』
----そんなことをするような人間が、あなたに好かれるなんて、そんなことあっちゃいけないって思ったの。
波の音とともに呼び覚まされる記憶。左良井さんの声が懐かしい。
あまり時間をかけると、真剣になってると思われかねない。たかが彼女との話で真剣になるのは、少し癪だった。