あかりがまぶしい
2.新入生歓迎会
07
 暗い個室にほのかな明かりが一つ、二つ、三つ。緊張と期待がないまぜになった表情がその照明にぼんやりと浮かびあがる。
「みなさん準備はよろしいでしょうか」
 年長者がスッと立ち上がり、片手を高く掲げた。
「それでは僭越ながら。新入生の入学を祝して……乾杯!」
 僕たち新入生はほとんどが未成年だというのに、そんなことはお構いなしに学科内での歓迎会は大学付近の居酒屋で開かれた。縦割りコンパ、通称縦コン。噂では、最初の縦コンでそこまで盛り上がりを見せることはないと聞いてはいたが、
「生ビールとカシオレ、ピッチャーで一本ずつ追加で」
「あ、カシスピーチもお願いね!」
「もっと飲もーよー。はい、グラス貸してね」
「〇〇が飲むぞー!」
 ……所詮噂は噂でしかなかった。まあ、隅で静かに飲んでる人もいないわけではない。一年生よりはむしろ、歓迎している先輩方のペースの方がかなり早い。僕も何回か先輩に酌をしていただきそうになったが、ゆっくりと味わう振りをしてコップを空けなかったのでほとんど飲んでいない。
 彼女はどうだろう……? 視線だけで彼女の姿を探す。座席はくじ引きで決まっていて、左良井さんは一番盛り上がっているテーブルにかしこまって座っていた。
「どこから来たの?」
 一杯注がれる。
「どうしてこの学科にしたの?」
 話しているうちにコップが空いた。
「楽しくなさそうだね……あ、そうでもない? よかったぁ」
 そしてまた注がれている。ペースが早い。ソフトドリンクでもあのペースはない。……大丈夫かな。
 みんなはもう座席とか気にしないで適当な座布団を捕まえて交流している。交流というよりは、言葉が室内を乱舞しているようにしか僕には見えなかったが。
 左良井さんは誰の軽口もそれを上回る軽さと鋭さでかわすことの出来る人であり、何より生真面目だ。きっと先輩の酌を断れないで何回もグラスを空けて、空けては次の一杯を注がれているのだろう。
(ああ、もう)
 酌なんか断ってこっちにくればいいのに。
 あまりにも心配だったので、僕の方から彼女の様子をうかがいにいった。もう男性陣とか女性陣とかそんな線引きはこの部屋の中に存在してはいない。誰がどこのテーブルにいようがどこのテーブルに移動しようが、みんなの関心は部屋中に散らばって、少なくとも僕にはぶつからない。
「景気よく飲んでるね、左良井さん」
 彼女がゆっくりと振り返る。全体の動作が緩慢だ。
「……ああ、越路くん?」
 照明でよく分からないが、彼女の顔がほのかに赤い。もとが色白だからその赤みは目立つ。
「そんなに飲んでないよ。それに私、弱くなんかないから」
 言いながら、彼女の手にあったコップからサイダーのような酒が僕の足下にびしゃっとこぼれた。
「ほら、十分酔ってるから。酌は断っても無礼じゃないんだよ」
「私が礼にこだわるような人間に見える?」
「そんなの知らないよ。でも少なくとも、好んで嫌われようと思ってはいないでしょ」
 僕は図書館での一件を思い出していた。アルコールの力で普段の彼女からは見られない軽い微笑みが、僕のその言葉で消えた。
「……普段のあたしって、何よ」
 彼女はそれ以上言葉を紡がなかった。僕が床にぶちまけられた透明な液体をお絞りで拭いている間、彼女はそのグラスをクイッと空けた。
 宴会がお開きになると、二次会に行きたい者の招集がかかった。男子はほぼ全員参加、中には女性も多くいた。僕はもともと付き合い程度で終わろうと考えていたし、何よりも左良井さんの足下がおぼつかないのがとても気になっていた。とても二次会に行こうなんていう気にはなれなかった。
「危ないよ、左良井さん」
 僕は彼女に肩を貸すことを提案すると、彼女はその肩をどんと押してそれを拒否した。
「酔ってない。立てるってばぁ」
 そう言ってる傍から膝ががくっと崩れ落ちて彼女は店から出るなり外のアスファルトにうずくまる。
「酔ってるし、立ててもないじゃないか。玄関まで送るから、今日はもう帰ろうよ」

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