あかりがまぶしい
10.二年生夏
63
「わかったよ、話してくれてありがとう。……でも謝るのは、僕の方だ」
 固い結び目がほどけていくように、あのときからずっと締め付けていた胸の辺りの緊張がほぐれていく。
「僕も余裕を失くしてた。左良井さんの話をもっとちゃんと聞けば、お互いにこんな気持ちにはならなかった」
 指先で海の水をすくって、ピッとはじくように左良井さんの顔にかけた。わっと小さく声をあげて硬く目をつむる左良井さんが、すごく近くに感じた。
「僕が言っていいことか分からないけど……もう、忘れよう。左良井さんの気持ちがわかって、僕はもう満足したよ」
 唇を一文字に結ぶだけの微笑みでも構わない。今は左良井さんの笑顔が見たかった。
「海水……目に入った」
「あ、ごめん、だいじょう……」
「嘘。えいっ」
 ぱしゃっと顔にかかった海の粒は驚くほど冷たくて、うわっと声をあげる。そんな僕の反応に左良井さんは、今までに聞いたことのもないどころか想像したこともないような大きな声であはははと笑った。
「唐突な上に嘘はずるいよ左良井さん……」
 もう一回ぱしゃっと片手で水をかける。それを避けようとした左良井さんは足を砂に取られて半身を海に浸した。あはははっとタガが外れたように笑い続けながら、差し伸べた僕の手を思い切り強く引いて僕まで黒い海に飲み込まれる。
「ぶわっ」
「あはははは!」
 二人で揺らす黒い水面に、真っ白な満月が波打つ。放物線を描く冷たい粒はその光を受けてまるで真珠のようで、静かな暗闇の中僕たちは光を見つけながら大きな声で笑った。両手ですくった水が、蹴り上げた水が、僕らの頭上に散って雨のように降り注ぐ。
 月の光にきらきらと輝くそれらは、足元を浸す真っ黒な海と同じものとは到底思えなかった。
「左良井さん、僕もう、疲れた……」
「ふふ……うん、わたしも」
 ひりひりする唇は、舐めたらすごくしょっぱかった。涙ってこういう味がするんだったっけと、左良井さんの横顔を見ながらふと思い出していた。
「私は型にはまれない」
 全身びしょ濡れで気持ち悪いのに、どうしてこんなに楽しく笑えるのか分からなかった。でも、すっかり心残りがなくなったと言えば、嘘になる。
「でも、前みたいに戻りたいの。たとえ越路くんにとって私が特別じゃなくても、越路くんは今の私にとって必要な人だから」
 お互いに頭からつま先までしっかりと海水で濡れてしまっていたから、確信を持って言うことはできないけれど、
「ありがとう。僕なんかでよければ、喜んで」
「ありがとうなんて言わないで。むしろ私が……ごめんね」
 左良井さんははしゃいで笑っている間も、泣いていたような気がする。

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