「待って、待って、まだ話が」
そう言いながらもこれ以上その先を言い出してこない彼女の相手はこりごりだった。無理矢理にドアの外まで追い出す。
話をさせたって、あの大きな目から大粒の涙を流して不幸ぶるんだ。どうせそうに違いない。
「嘘は望むだけだって言ったのは誰だい」
玄関先、扉を開ける前に僕は彼女に問いかける。
「あ……」
「自分のことを棚に上げて人を嘘つき呼ばわりしたの? そりゃないよ」
彼女を外気に晒し、バタンと扉を閉じる。
すぐさまコンコン、と小さく扉が鳴った。
「越路くんの特別は、私じゃないんでしょう?」
扉の向こうで左良井さんが、僕に話しかけている。
左良井さんが言うように、本当に『特別』がただ一つだけの事を言うのなら。
「……そうかもしれないね」
僕の『特別』は確かに、左良井さんにはあげられないのだ。
「そう。じゃ、さよなら」
僕だけが残された部屋は、さっきから静かだったような振りをする。今朝からしわ一つないベッドに、やり切れなさとともにダイブする。
引っ張られる腕の痛みを必死に訴える彼女の顔が、胸を刺す。彼女を泣かせたのは、僕のせいなのだろうか。
裏切りは、契約があって初めて生まれるもの。僕らは何を契約したわけでもない。
僕はただ、心のどこかで信じていただけだった。
何も信じない方が良かった。今日のことも、今までのことも、やっぱり全て無くなってしまえばいい。
『全部嘘だったらな、なんてこと、あるよね』
そうだ。本当にそうだ。
もういっそ左良井さんとの今までが全て嘘で、彼女への思いだけが真実であればいいと思った。