あかりがまぶしい
8.うそつき
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「……って、永田がぼやいてたよ」
 集中講義最終日は午前上がりで余裕のある午後を迎えていた。
「それは女子だって同じように文句言ってるわよ。なんで女子が先に言わなきゃなんだって」
 まるで他人事のような口ぶりはいつも通りの左良井さんなのに、どこか僕の胸に何かがつかえているような感じがした。
「男子はそういうイベントにこだわらない傾向にあるから、かなあ」
 左良井さんと、二月十四日のキャンパスを横に並んで歩く。夏のあの日、左良井さんは僕にすがりつき、僕はそれを拒まざるを得なかった。今の僕たちを見てそんな出来事を推測できる人はきっと誰もいないと思う。
「自信があるから、告白なんて出来るのよね」
 左良井さんが自嘲めいた笑いをこぼす。
「好意を表に出して嫌われるようなことがあるって思ったら、おちおち好意も表に出せやしないでしょ。……あんな風に綺麗だったら、その限りじゃないかもしれないけど」
 あんな、に相当する人物を探そうとも、僕らの目の前に広がる視界には人影一つなかった。ただ、ほのかに香る甘い残り香だけがあるだけ。
 左良井さんは体の半分だけで振り返った。その視線の先に、真っ直ぐな背筋で歩く細い女の人が敷地内を僕たちとは反対方向に歩いている。今しがた、すれ違った女の人だ。
「あんな風に胸を張って歩ける人だったら、越路くんに嫌われずに済んだのかしら?」
 左良井さんだって、十分に綺麗だ。そりゃあ華やかさとかはさっきの人に比べれば少ないけど、ちょうど百合の花と薔薇の花が大きく違ってともに美しいのと同じだと思う。
 そんなことよりも反論しなきゃいけないのは、
「僕は別に嫌ってなんかいないってば」
 左良井さんは、僕が左良井さんのことを嫌ってると思ってる。それはきっと夏休み前のことが原因なんだろうけど、僕がどう弁解したところで彼女はその考えを曲げない。
「うそつき」
 左良井さんは可愛らしさよりも清潔さとか大人しさが際立つ綺麗な人だ。でも今笑った左良井さんはどちらかといえば可愛らしいと形容されるんだと思う。
 僕が一番気に入っている薄い笑みでそう言われて、胸につかえたものが少し膨らんだ。
「メールのときも気になってちゃんと考えてみたんだけど、僕一度も嘘をついたことない気がするんだ。よく分からないまま嘘つき呼ばわりは結構キツい」
 ぴっと細い人差し指を僕の顔の前で突き出して、左良井さんが涼しげな顔で一息で言った。
「私は越路くんのその顔しか知らない。だから私は特別じゃないわね」
「……なにそれ」
 僕の追及も待たずに、ふいっと僕に背中を向けてさっさと歩き出す左良井さん。慌てて僕も追いかける。左良井さんの言葉の真意が掴めないまま、僕たちは静かに歩みを進め続け帰路についた。
 二月十四日、僕が個人的にもらったチョコレートは、一つだった。

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