『(宛名なし)
この手紙を、ついに誰に贈るかわからなくなってしまいました。「生きているうちに遺書を交換しよう」という約束のもと左良井さんに送るはずのこの手紙だけれど、当人は僕を置いて先にこの世から旅立ってしまった。
誰も僕を裁いてくれないなら、僕が僕に手を下すしかない……そう考えたこともありました。でも左良井さんを裁いたのが運命とかいうものなのだとしたら、僕はその運命とやらに最後まで付き合いたい、そう思うようにもなりました。
ただやはり形式上は、左良井さんと約束した遺書の形を取らなきゃいけないというわけで、この遺書を書くに至る経緯でも書こうかなと思いました。きっと最初から話したほうがいいんだと思います。
すべては僕の、覚めない夢の中の話だと思ってくださって結構です。
左良井さんはただ、短い夢から覚めてしまっただけの事。
あれは、もう春だというのに、冬の名残が厚手のコートを通り抜けて僕の身体に届く日のことでした。……』
【「すべては覚めない夢の中で」完】