戻りたいあの日のせいで、今見るすべてのものがくすんでいく。思い出す事を恐れてからずっと、僕はあの過去を無いものとして生きてきたつもりでいた。でもこうして話しだせば、忘れた事なんかむしろ一つもなくて僕自身驚いた。
「昔の写真がモノクロなのと正反対でさ。あの日々が今からすれば一番色鮮やかだった。時間が経てばたつほど僕の色彩は色褪せていく」
「この子の雰囲気が、左良井さんそっくりだな。姉妹って言っても不思議に思わねえ」
長く伸ばした髪に白い肌、赤い唇、細い顎。ただ一つ違うとしたら、マナは底抜けに明るかった……あの瞬間までは。
「分かった気がする、一人暮らしなのになんでわざわざ大学から離れたところにアパート借りて住んでんのか」
鋭いな、と思った。僕は正直に答える。
「人が沢山いるところに僕がいたら、また誰かが傷ついてしまうような気がした。……もう、手遅れかもしれないけど」
傷つけるのもそうだし、誰かが----例えば永田みたいな奴が----僕を守ろうとして傷つく可能性も捨てきれなかった。
「彼女を変えてしまったのは僕だ。何の罪もない彼女が命を失ったのは、元をたどれば僕が……」
「好き」という気持ちが、なにを生むというのだろう。体と心の中で固く守られたその凄まじい気持ちは、彼女のすべてを変え、そしてこの世から消してしまった。
僕は「好き」なんて信じない。
それが幸せだなんて、どうしても信じられない。