あかりがまぶしい
2.新入生歓迎会
11
 ベッドから二三歩歩いたところでうずくまる彼女。頭をおさえる仕草からして、二日酔いによる頭痛がひどいのだろう、いやもしかしたら夜風に当たったせいで風邪を引いたのかも、瞬時に頭を駆け巡ったことは今思い出そうとしても数えることが出来ない。その時の僕はきっと、熱があるかどうかを確認しようとしていたんだ。
「だいじょう……」
 パシッ――。
 慌てて駆け寄って額に触れようと差し伸べた手、それは冷たく振り払われた。彼女の爪が当たったせいか、手の平に薄く赤い線が残る。
「ご、ごめん」
 震える瞳は一瞬我を忘れたかのように僕を見つめ、すぐに気づいたように僕の手のひらと自分のそれとを見比べた。
「わ、私こそ……。謝らないで。人に触られるの、好きじゃないだけ」
 気の効いた言葉が一つも浮かばなくて、そうなんだ、と呟くことしか出来ない。
「触れるっていうのは、深い関係の人しか入っちゃいけない気がして……苦手なの」
「はは、大げさだなあ。でもわかった、今後は僕も気をつけるよ」
 落ち着きを少しずつ取り戻している左良井さんを見て、僕も理解よりも先に余裕を取り戻す。
「……変だと思わないの?」
「いや、別に。そういう人もいるでしょ、すごく潔癖な人は手袋しないと物に触れないっていうじゃない。でもそういう人がいても僕はそれを変だとは思わない。人に触られるのが苦手なんて、大した問題じゃないよ」
 どうしてそうなのかまで聞くのは愚問だ。それこそ肌に触れることよりも深い話になるだろう。
「ねえ、左良井さん」
 ただ、同じ愚問を投げかけるなら僕は一つ聞きたいことがあった。冷や汗が彼女の額を伝うのが見える。余程頭が痛いのだろうか、二日酔いになったことがない僕には分からない。
「どうしてそういうきわどい話、僕なんかに出来るの? まだ会って間もないのに」
 入学式から二ヶ月。60日は、間もないと言える時間だろうか。
「わからない。でも、越路くんなら話してもいいかなって単純に思えただけ。実際、越路くんは自分の意見とかを押し付けてこないから話すのが楽だった」
 わからない=Bそれは昨日の夜にも聞いたセリフだった。
「私、人と話すのは苦手なくせに、自分のこと知ってもらうのは嫌いじゃないみたい。もちろん、誰にでも言いふらすわけじゃないけど……。知ってほしいって思える人に会えたら、秘密も弱みも余すことなくさらけ出したくなっちゃうのよね」
 ふふっと笑ったあと、露出狂と何ら変わらないわよ、と冷たい声色で彼女は吐き捨てる。
「きっとそれは、そう思える人を私の近くに縛り付けておきたいからだと思う。『あなたにここまで心を開いてるの、私にはあなたしかいないのよ』って言ってるみたいで……やっぱり嫌な奴ね、私って」
 自分をさらけ出すことを、彼女は少なくとも恐れてないのだと言う。僕はそれを興味深いと思った。
「僕は嫌だと思わなかった。それだけじゃあダメなの?」
「『それ』って……?」
「左良井さんがどう思っているかはともかく、左良井さんが自分のことを少しずつ打ち明けてくれることを僕は嫌だと思わなかった。それでいいじゃない。どんどん話してもらって構わない。僕はむしろ、大歓迎だよ」
 僕と彼女が違う感覚を持っているのは、僕が彼女じゃなくて、彼女が僕じゃないからだ。彼女がどんな生き方をしてきて、僕がどんな生き方をしてきたかなんて聞かなくてもいいことだし、そういった“過去”に関しては全く興味が湧かない。
「話せそうな時が来たら、僕もなにか話せるといいな」
 僕は思い出すことをしばらくしていない。それでもいつか誰かに話すような日が来るのだろうか?
「じゃ僕は出るよ。また来週、大学で」
 立ち上がり、僕は振り返らずに扉を後にする。今左良井さんの顔を見たら、僕はきっと思い出そうとしてしまうだろうから。

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