「これはもう来年も来るしかないなぁ」
神前に『初心よりも大きなことが出来ますように』と願った岡田さんが、嬉々として帰りの石段を踏む。
「ハルキと雨掛くんの願い事が短歌だったのはさすがだと思ったね。あれを宮司が読み上げる風景は趣があったよ」
榛紀さんの願い事は『あかねさす日落ちるあと君のそば温もり感じる月影の下』だった。それを聞いた祐紀ちゃんは顔を真っ赤に染め、奉納が終わるや否や早々と自分の仕事に戻っていった。涼しい顔してこんな歌を詠める榛紀さんはやっぱり歌人だ。しかしあれはもはや恋歌。これからも仲良くいられるようにという意味合いだったのだろうが、二人はつくづく仲のいい兄妹、なんだろうな……。
「雨掛さんの願い事、よかったよ」
素直な感想を述べると、陽瑞さんは照れたようにはにかんだ。
「私は、いつまでも新しいものが見つめられる目を持ち続けていたいんです。私が相手にするのは、小説の持つ壮大で繊細な時間の流れでも、劇場や映画のような世界観でもない、奥行きのあるフォトショットのような一瞬の風景です。私はその一瞬を見逃すことができないのです」
そう、僕たちは誰もが気付きもしない一瞬さえも見逃せない。小さな世界が変わるとき、その変化はいつも一瞬だ。
「だから、
時を経て四季変わりゆき冬の空君は変われど私変わらじ
なんです」
陽瑞さんは、目を細めて出口の鳥居を見つめた。あと、百メートルも歩けば僕たちはこの神社を後にする。
「本のこと……うまく、行きますかね」
願いを歌に乗せたときに声とは打って変わって、そう呟いた彼女の声はか細かった。
「わからない。けど、出来る限りのことをしようよ」
みんなでやると決めたこと、それに向かってあとは頑張るしかない。それは陽瑞さんも言ってたことだし、陽瑞さんのその説得で榛紀さんも納得したんだ。……でも、榛紀さんが挙げた不安要素がそれで消えたわけじゃない。
しかし僕は確信している。僕と、岡田さんと、陽瑞さんと榛紀さんの作品が一同に集まるんだ。そのことを考えたら、僕は何も怖くなかった。
『案ずるより産むが易し』――案じて大凶になるくらいなら僕はやってみせる。大吉、吉、末吉のみんなと力を合わせればきっと、大凶になんか負けはしない。
僕の願いは一つ、『いつまでも、みんなと文学で繋がっていられますように』。
【了】