薄穂さんとの相互お題小説
涙で滲んだ景色
どうかしていると思う。つい最近まで喧嘩したことがなくて、鬱陶しいだとか、目障りだとか、酷い時には忌々しいとさえ思っていたのに。
一週間前、仕事の加減で吉原方面へ赴いた時に、所謂そういうところから出てきた銀髪の天然パーマを見つけてぎゅっと心臓が押しつぶされたような圧迫感を感じた。
その二日後には志村姉と歩いているところを巡回中に見つけて、しかもそれだけならまだしも肩を抱いているところを見てしまい、恐ろしいほどの殺意を抱いた。
そしてそのさらに三日後、なぜか傷だらけでいつものようにぶらりぶらりと歩いている姿を見かけて、自分でも信じられないぐらいに傷ついて、そしてあいつが死んだらどうしようという得体のしれない恐怖感が俺を蝕んだ。
そうして数日いろんな感情に押しつぶされるように過ごして、はたと思い当たった。
俺は、あいつが好きなのか。
「ありえねぇ」
思わず情けない声音に乗ってしまった心境はぽかりと空気の上に浮かんで行き場をなくしているようだった。
本当にありえない。よりにもよって、あのいけすかない天パの銀髪。しかも同性、だなんて。自覚していないだけで自分には実はそっちの趣味があったのかとか、いやでもミツバはれっきとした女だったしとか何かの間違いなのではないか、とか。
いろんなことをぐるぐると考えてみたけれど、やはり認めたくはなくても、この気持ちに名前を付けるとするならば一つしか思い浮かばなくて。
「はぁ…」
思いを伝える前から失恋決定か、とツンとした鼻の奥をごまかすように煙草に手を伸ばした。
自分の気持ちを理解して早数週間。
自覚してしまうとどうも顔を合わせづらくて巡回ルートを変えたり、アイツの姿をみかければ見つからないように踵を返したり、と向こうからすればとてつもなく嫌な奴に見えるであろう行動を繰り返していた。
今日もまた、巡回中にキラキラ光る銀髪を見つけて思わず目で追ってしまう。
けれど目が合いそうになった瞬間ぱっと反らしてくるりと踵を返したのだ。取り敢えずどきどきと煩い心臓をなだめるために路地へと身を滑りこませる。
こんなこと、いつまでも繰り返していられるわけがないというのに。いざ自覚してしまえば怖気づいて顔を合わすことすらできない。
なんて情けないのだろうかとひっそりとため息をついて、じめじめとした気持ちを紛らわすために首を振って屯所に向かって歩き出した。が。
「おーおぐーしくーん」
「おわぁっ!?」
グイ、と突然腕を掴まれて体が後ろへと後退した。一体誰だと怒鳴ろうかと思ったが、多串だなんてふざけた名前で俺を呼ぶ奴なんてひとりしかいない。
いつの間に近付いたんだとかいろいろ考えなければならないことはあったが、アイツだと認識してしまえば掴まれている腕に一気に熱が集まって行くような気がして、咄嗟に腕を払った。
けれどもそれぐらいで離してくれるわけもなく、逆にさらにグイと引き寄せられる。
渋々後ろを振り向けば、いつもの飄々とした死んだ魚の目と言われる赤い瞳に、ちらりと怒りが見え隠れしていることに一瞬で気づいてしまいぎくりと固まった。
「な…ん、だ…よ」
「なんだじゃねぇよ。なんで俺のこと避けんの」
低い声音で静かにそう聞かれてどくりと心臓が音をたてる。
避けていたことに気づかれていた気まずさと、避けていることに気づいてくれた嬉しさという何とも矛盾した感情が胸の中でぐるぐると混ぜ合わされる。
「なんのことだ…」
情けない声になりそうなのをなんとか絞り出していつも通りを装えば、ドンッと思いっきり壁に抑えつけられた。
「い…っ」
突然訪れた後頭部の痛みに思わずジワリと涙が浮かんだ。それでもキッと睨みつけるように万事屋を見る。
そこに映った万事屋はなぜか辛そうな、今にも泣き出しそうな顔で俺を見ていた。
なんでお前がそんな顔すんだよ。
泣きたいのは俺の方だ。
「ねぇ…なんで、俺を避けんの…」
小さく震える薄い唇が、先ほどとは打って変わって弱々しくもう一度同じことを聞いた。
もしかして、いやありえない。
でも、もしかするんじゃないのか。
心の中で一気にいろんな感情が駆け巡る。
この気持ちは、お前に伝えてもいいのか?
最後の一歩が踏み出せずなかなか返事を出来ずにいると、待ち切れなかったのか万事屋が壁に抑えつけていた俺の腕を離した。自由になったことへの焦りが駆けた瞬間、ふわりとした温かさに包まれる。
「な、んで…っ」
抱きしめられているのだと理解した瞬間に、ポロリと零れ落ちたものはゆっくりと頬を伝った。
「なんでじゃねぇよ…っ、オメェ、勝手に俺から距離あけやがって…」
「だって…っ」
「その気持ちに苦しんでんのはお前だけじゃねぇって言ってんの」
苦しいぐらいにぎゅうぎゅうと抱きしめられる。
本当に同じ気持ちなのかだとか、いつから気付いてたんだとか言いたい事や聞きたいことはたくさんあったけど、今は目の前にある温もりに縋りつきたいとだらりとおろしていた手を広い万事屋の背に回した。
夢でも見ているのではないかと思ったが、ふわりと香った甘い香りに現実なのだと余計に熱いモノが流れ落ちた。
「お前って、案外臆病なのな」
「…る…せっ」
はは、と笑った声に思わず悪態をついて甘ったるい肩口に顔を埋める。
このやりとりも随分と久しぶりなような気がする、と最後に言いあった日を思い出していればゆっくりと体が離された。
そして頬に添えられた手で前を向かされる。
「土方君、俺と恋人同士になってくれますか」
涙で滲んだ向こう側には、幸せそうに笑って言う大好きな奴の顔があって。
迷わずにけれども小さく“はい”と答えて幸せを噛みしめながらふわりと笑った。
-END-
一発めは原作設定で、二人の両思いになるまでを書いてみました!!
涙で滲んだ景色、と言うことで、最初は悲恋にしようかとも思ったのですが、やはり二人には幸せになってほしいと思いまして!
お気に召さなかった場合にはズバッと言ってください(>_<)