10000hit企画
惑星ステーション
『次のゲストは坂田銀時さんです!』
司会者の紹介と同時に拍手と歓声があがり、スモークの中からライトに照らされきらきらと輝く銀髪が現れる。
すると先ほどの歓声とは比にならないほどの歓声があげられた。
そんな様子を土方はぽつんと部屋にひとり、気に入りのクッションを抱き締めてテレビの液晶越しにそれを見ていた。
いつもは死んだような目をしているくせに、カメラを向けられれば人が変わったように輝き出す。
それは土方しか知らないこと。
液晶越しの彼は死んだ魚の目なんてしないから。
俺は特別。
少しだけ得た優越感に笑みを浮かべた。
チラリと視線を上げて時計を確認する。言っていた時間まであと30分。そろそろ夕食の準備をするかと抱いていたクッションを隣に置いてキッチンへと足を向けた。
***
ガチャリと扉の開く音がする。
夕食を粗方作り終え風呂の準備をしていた土方はパッと顔を上げた。
「ぎん、うわっ!?」
ただいま、という声に気分が浮上する。その際に誤ってシャワーの栓を開いてしまい頭からお湯をひっかぶった。
「……うげ…」
びちょびちょだ、と張り付くシャツを摘まんで眉根を寄せる。
これは着替えなければならない。ふぅ、と一息吐き出して服の裾に手をかけると、一思いにシャツを捲り上げた。
「なぁにしてんの、俺へのご褒美?」
「ひゃっ」
苦労して頭からシャツを抜くのとほぼ同時に、いつの間にか近くに来ていた銀時に胸の突起を撫でられてビクリと体が跳ねる。
「ちょ、ぎんっ…やめっ」
腕を突っ張って銀時から距離を置くようにすると、素直に身を引いた彼はけち、と唇を尖らせた。
「せっかく俺へのご褒美だと思ったのに」
「んなわけあるか!」
「照れなくてもいいのにぃ」
「照れじゃねぇ!!あぁもう、飯できてるからそっち行けよっ」
ねっとりとした視線を投げ掛けてくる銀時の背中を押して風呂場から追い出す。
ぶうぶうと未だに文句を垂れながらリビングへと向かう銀時の姿を見届けて、自分もまた近場にあった濡れていないシャツを被ってリビングに向かった。
***
「はー、やっぱ十四郎の料理最高だわ」
「そりゃどうも」
ソファーに背中を預けてぐっと伸びをする。
食器を洗いながらどこか草臥れた背中を眺めて、ツキリと胸が痛んだ。
次第にそれはジクジクと範囲を広げていく。
痛みの名前を土方は知っていたけれど、あえて見ないふりをした。
最後の皿を洗い終え、きゅっと蛇口を閉めて食器篭へそれを伏せる。
エプロンのポケットに入れたタオルで手を拭きながら銀時の座るソファーへと足を向けた。
「お、洗い物終わった?」
「あぁ」
「食器ぐらい俺が洗うのに」
「……お前は疲れてるだろ」
土方の気配に気づいた銀時が振り返り、やんわりと腕を掴んでちゃっかり空けられたスペースに土方を誘導する。
特に嫌がる理由もなかったので導かれるまま素直に腰を落ち着けた。
「土方補充出来たからもう元気ですぅ」
唇を尖らせて言うけれど、最近あまり眠れていないのか目の下には隈ができている。
「ばぁーか」
指先で今しがた見つけたそこをなでると、銀時は少しだけ目を見開いて、次いで気まずそうに視線を逸らした。
「忙しいのか?」
「あー、うん、まぁ、俺売れっ子だし?」
指先の動きは止めずに尋ねれば、どこかぎこちない答えが返される。
いつもの歯切れの良さのないそれに、土方は少しだけ傷ついた顔をしたけれど、土方から視線を逸らしていた銀時がそれに気づくことはなかった。
「なぁ、銀時、」
「明日も早ぇんだ、今日はもう寝ていい?」
「え、ぁ、そ、だな…風呂は?」
「明日入る。今日はもう気力ねぇわ」
目元を撫でていた指先が捕まえられ、そっと下ろされる。
もう少しだけ、と甘えるような言葉が喉元まで出かかったが、それを言う前に「お休み」と目元と唇にキスをされそそくさと寝室に消えてしまった。
吐き出されなかった言葉は呑み込まれ、リビングにひとりぽつりと取り残される。
必然的に訪れる静けさに自身を抱きしめ、ぎゅっと唇を噛み締めた。
「風呂、はいろ…」
気をまぎらわせるために出した声は、まぎれるどころか余計に空しくしただけだった。
***
「で、アンタはうじうじ悩んでる訳ですかィ」
「うじうじって言うな」
ソファーに座ってケーキをつついていた総悟がクリームのついたフォークでぴしりと目の前に座る土方をさす。
何となくいたたまれなくなった土方は視線を外して拗ねるように唇を尖らせた。
取り残された部屋で自分を抱きしめたあの日から三週間。やはりどこか素っ気ない坂田の態度に不安を覚えて、相談にのってほしいと幼馴染みの総悟に連絡を取ったのが三日前の出来事だ。
「うじうじしてんのは事実でしょう」
「う、まぁ……そう、なんだが…」
ビシリと嫌なところを指摘されて口ごもる。
何も言えず俯いた土方をジッと見つめて、ごちそうさま、と総悟がフォークを置いた。
訪れた沈黙に、なんとなく落ち着かなくて、近場にあったリモコンでテレビをつける。
真っ黒だった画面に、涙を湛えて目を伏せる女性が映った。
どうやら最近始まった連ドラで、丁度佳境に入ったところらしい。
いつの間に移動したのか、シャカシャカと総悟が台所で皿を洗う音を聞きながら、ぼんやりとそれを見つめる。
と、見慣れた銀髪が画面を横切った。そして今まで泣いていた女性の肩を掴んで振り向かせると、そのまま吸い込まれるように二人の顔が近づき、キスをした。
「―…」
一瞬で頭が真っ白になった。
いずれはこうなることぐらい、銀時が芸能界に入ると言い出した時から分かってはいたことだけれど。
けれど、いざこうやって目にしてしまうとどうしようもなく黒い塊が胸の中で渦巻いて。
ズキリと抉られるように胸が痛んだ。
「土方さん、何してるんで…」
台所から戻ってきた総悟が隣に座り、ぽん、と肩に手をおく。
なんでもない、と首を振りそちらに顔を向ければ、薄茶色の目が大きく見開かれた。
「なんでアンタ、泣いてるんでぃ」
「え…」
言われて頬に指を滑らせれば、乾いていたはずのそこが濡れていて、そこで初めて自分が泣いているのだと自覚する。
「これ、は、なんでも…」
「なんでもねぇ訳ねぇだろぃ!プライドが高くて人に弱みを見せることのないアンタが、
こうやってボロボロ泣くなんて!」
「そ、ご…」
強い口調で、それも真面目な顔をして必死にいうものだから。
言うつもりなんてこれっぽちもなかったのに、先ほどの衝撃で溢れ出したこれまでの思いをポツリポツリと零した。
「なぁ総悟、俺って魅力ねぇのかな。…やっぱ、女の方がいいのかな」
「俺は、素直じゃ、ねぇから…」
「やっぱり、可愛くて、やわらかい女の方が…ッ」
こんな意地っ張りで可愛いくもなくて、どうしようもない野郎なんかより、もっといい女がいるんじゃないか。
そもそも、もう銀時は自分に飽きていて、だから最近は前ほどのスキンシップされなくなってしまったのではないか。
ここ最近ずっと思っていた不安を、次々に吐き出していく。
いつの間にかしゃくりあげて、聞き取りづらくなっていたけれど、ちゃかすことなくジッと総悟は耳を傾けていた。
ギュッと震える体を抱きしめて、背中を撫でてくれる。
包まれている温度が心地よくて、縋るようにぎゅっと総悟の背中にしがみついた。
暫くそのままの状態で嗚咽を漏らして、ようやく落ち着いた頃にそっと肩に手がかけられる。
「土方さん」
「な、に…?…んぅっ」
顔を上げれば、一瞬無表情な総悟の顔が映り、直ぐ様唇が塞がれて視界が遮断される。
「んぁ、ふ…」
「アンタに魅力がねぇだって?とんでもねぇ、色気ありすぎて頭がおかしくなっちまいそうだ。そんなアンタの魅力が分からねぇ奴なんか辞めちまいな」
切羽詰まった顔をして俺を選べと言う総悟に、ドクリと胸が鳴った。
突然の告白に回らない頭は余計に考えることを拒否する。
とりあえず距離を取ろうと背中に回していた腕を総悟の胸元に移動させて突っ張ったけれど、容易く捕らえられ、そのままソファーに縫い付けられた。
。
「最近のアンタは、いっつもどこか寂しそうだ。そんな思いするぐれぇなら、俺にしときなせェ」
好きなんです。ずっと昔から。
掠れた声が、鼓膜を擽った。
ゆっくりと距離が縮み、再び唇が触れ、舌が入り込む。
ぬるりとした感覚に小さく息を吐き出した。
シャツを捲り上げた総悟の手がするりと脇腹を撫でる。
いつもと違った手の感触に、ハッと我に返った。
違う、これは銀時じゃない。
「そ、ご…!」
辞めてくれ、と声をあげた瞬間、ガチャリと鍵の開く音がした。
トントン、と足音が近づいて、リビングのドアが開かれる。
「土方ー?誰か来てんの―…」
羽織っていたパーカーを脱ぎながら銀時の目がソファーの上の土方たちを映した途端、大きく目が見開かれた。
「あらら、旦那ァもう帰ってきちまったんですかィ」
固まった時間を動かしたのは総悟の一声。
「て、め…なにして…!」
「なにって、見ての通り土方さんを押し倒してんでさァ。そんで旦那じゃなくて俺にしときなせェって口説いてやした」
シレッと言ってのけた総悟はすぐに土方に視線を戻して手の動きを再開させる。
ハッとした土方は慌てて体を捩った。
「総悟!離せ!」
「嫌でさァ」
「ひぁぅっ」
コリ、と突起を撫でられて驚きに声が漏れる。
口元に手を当てて嫌々と頭を振れば、ふと体の上から重みがなくなった。
ガゴッと鈍い音がしてローテーブルがガタリと悲鳴をあげる。
何事かとそちらに顔を向ければ、頬を押さえた総悟が床に蹲っていた。
「そう…!」
大丈夫かと体を起こそうとすれば、スッと目の前に影ができて視界が塞がれる。
「出てけ。そんで今後一切土方に近づくな」
そう低く唸った後、銀時は有無を言わさず土方を担ぎ上げた。
「や、なに…!」
「うるさい。黙ってろ」
今までにないようなキツさで言われ、それ以上声をあげることが出来ない。
慌てて総悟を見やれば、大丈夫だというように手を振っていた。
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