次の日の朝、目を覚ませば、完全に熱は引いていた。自分の回復力に感謝したいところだ。
昨夜、汗ばんだせいか体がべたべたするので、体を洗いに行こうと思って廊下に出ると、ちょうど通りかかったらしい平助がいた。
「お、千陽、おはよ」
「おはよう」
「もう熱下がったのかよ?」
「うん!ぴんぴん!」
「さすが!なんとかは風邪引かないっていうもんな!回復も早いんだな!」
「…あはは、髪の毛むしりとってやる」
「うお!ごめん!ごめんって!」
「何て?」
「千陽天才!新選組一の文学派!」
「よし」
平助の頭から手を離す。
おでこを擦る平助が、あっ、と何かを思い出したような声を出した。
「そういえば、後で幹部全員集まるらしいぜ」
「幹部全員?」
「おう。…昨日の騒ぎのこと、知ってるか?」
平隊士に聞こえてはまずい、と言う感じで平助は声を小さくした。
私も同じように声の音量を落とす。
「羅刹が脱走したってやつ?」
「そう、それ」
「どうしたの?捕まえられなかったとか……?」
「いや、羅刹はきちんと処理したらしいんだけどさ、その場面を見ちまった奴がいるらしい」
「え、どうすんの、その人…」
「それを今から話し合うんだと思う」
苦虫を噛み潰したような顔で話す平助。
それもそうだ。羅刹なんて、外部に知られてはいけない存在だし、新選組でも幹部しか知ることは許されていない。
そんなものを見られてしまえば、厄介以外の何でもないだろう。
「そういう訳だからさ、体調が大丈夫ならお前も来いよ」
「あ、うん、わかった!」
平助と別れた後、急いで井戸へ向かった。早く水浴びを済まして広間に行こう。
※※※
「おはようございます」
広間の戸を空けると、ぴりぴりと張り詰めた空気が伝わって来る。
難しい顔をした土方さんが、私の方を見た。
「おう、千陽。具合はもう良いのか」
「はい。大丈夫です」
「話は」
「平助に少しだけ聞きました」
「そうか。いまから源さんが連れてくるからよ。少し待っとけ」
「はーい」
はじめくんの横が開いていたので、そこに腰を降ろす。
ちょうどその瞬間、広間の戸が開いて、源さんと例の目撃者が入ってきた。
少年のような格好をしていたけれど、色白の肌といえ、顔つきも体つきも、どうも私には男の子には見えなかった。
「おはよう。昨日はよく眠れた?」
すかさず沈黙を破ったのは総司。
男の子、は言葉を探しながらゆっくり答えた。
「……寝心地は、あんまり良くなかったです」
やっぱり、鈴のような高くて綺麗な声は女の子のものにしか聞こえない。
その後、女の子は総司にからかわれ、土方さんの呆れた声が聞こえてくる。
いつもの沖田と土方さんのやり取りだけど、いつもと違うのは、知ってはいけない秘密を知った女の子がこの場にいること。
話し合いの中で、この子の立場はどんどん危ないものになって行く。
何を知らずとも、一部始終を見てしまったということは、まったくの無関係とは言えない。その気が無くとも、なにかの拍子に、昨夜のことを洩らしてしまうかもしれない。
しかしこの子は、洩らすも何も、未だ羅刹という存在をしっかりと認識している訳ではない。本当に、見てしまった、というだけなのだ。
「この子は、その場面に"居合わせただけ"なんですよね?」
「…あの場面を目撃してしまって、"居合わせただけ"で済むと思いますか?」
「"居合わせただけ"でしょう。変なものを見た、くらいにしか思ってないと思いますけど」
私の発言に顔をしかめる山南さん。
だってこの子は、白髪に赤目の人間を見ただけであって、それが羅刹と言うことも、羅刹がどういうものかも知らないのだ。
「…俺も、逃がしてやってもいいと思う。こいつは別に、あいつらが血に狂った理由を知っちまったわけでもないんだしさ」
「平助。…余計な情報をくれてやるな」
平助の発言に、土方さんが舌打ちした。
平助もこの子を逃がしてもいいと思っているらしい。ただ、平助の発言によって、また一歩この子の立場は危うくなってしまった気もする。
その後も、あれやこれやと意見は出たが結局まとまらず、一度部屋へ戻すことになった。
「じゃあ、斎藤と千陽、そいつを頼む」
はじめくんと私で、部屋に連れて行くことになった。土方さんも、薄々この子が男じゃないということに気が付ついていて、その上で私を向わせたのだと思う。
「行こうか」
「ああ」
はじめくんに声を掛けて立ち上がる。
「そこの子も。行くよ」
「あ、はい…」
3人で広間を出る。
この子が変なことをしようとしても対応出来るように、はじめくんが先頭、女の子を挟んで、私が後ろ、という感じで並んで歩いた。