すたすたすた、と3人分の足音だけが廊下に響く。
はじめくんはひたすら黙っているし、まあ、いつもこんな感じだけれど。女の子は暗い表情で俯いていた。
そんな中、私はとうとう気になっていたことを口にした。
「ねぇねぇ、」
「は、はいっ、なんでしょう」
女の子は驚いた様子で振り返る。
見れば見るほど、男の子には見えない。でも、平助や新ぱっつぁんなんかは、完全に男の子だと思っているような感じだった。
「本当に男の子?」
「!」
「男装じゃなくて?」
「え、と、あの…私、本当は女です」
「あ、やっぱり?男の子には見えないなあ、って思ってたの」
「……分かりますか?」
「うん。私は分かったけど」
私の目に狂いは無かったようだ。だってこんなに可愛い男の子、見たことないし。話し方も、声もどうしたって女の子だ。
「ねぇ、はじめくん気付いてた?」
「なんとなく、だが」
「えっ…下手なんでしょうか、男装」
「分かる奴には分かるだろうな」
男装がバレバレだったのがショックだったらしく、複雑な顔をする。
「で、何か理由があるんでしょ?」
「理由?」
「男装してまで京に来た理由!」
「…人を、探していたんです」
「ああ、人探しかぁ。…こんな治安の悪い所、女の格好じゃ危ないもんね。その為の男装?」
「はい」
女の子がわざわざ男装までして、治安の悪い京に1人で来るなんて、理由も無しにすることじゃない。
人探しという目的があるのに、あの場面をたまたま見てしまっただけで殺してしまうのも、あんまりな気がする。
「はじめくん、土方さんに言ってさ、幹部みんなで事情聞いてあげようよ」
「無駄だろう。良い様には転ばない」
「だって何の罪もない女の子を殺すのは、あんまりじゃない?話しを聞いてあげるだけでもさ」
※※※
そして、再び広間に集まる幹部達。
「女だ女だって言うが、別に証拠は無いんだろ?」
この子が女だと知った皆は、様々な反応をする。
新ぱっつあんはやっぱり気付いてなかったらしく、ひとしきり驚いたあとに、まだ納得できないのか、そんなことを言い出した。
「証拠も何も一目瞭然だろうが。何なら脱がせてみるか?」
最初から気付いてたらしい左之さんの発言に、近藤さんがすごい勢いで食って掛かる。
「許さん、許さんぞ!衆目の中、女子に肌をさらさせるなど言語道断!!」
「それが一番手っ取り早いと思ったんだが…」
「…何なら私が見てきましょうか?」
よく考えれば、私は新選組で唯一の女だ。この子も、女の私になら肌を見せても構わないんじゃないだろうか。
「失礼」
「きゃ…っ」
襟の部分を広げて、皆には見えないように気を遣いながら覗き込む。少し小さかったものの、ちゃんと胸はあった。
顔を上げたあと、襟を引っ張って乱れを直してやる。
「ありますよ、胸」
「……そ、そうか」
新ぱっつぁんと平助と近藤さんは、居心地悪そうに目を泳がしていた。
さすがに左之さんはしれっとしていたけど。
しかし、女だ男だと言うのは、殺すか助けるかという決め手になる訳ではなく、やはり羅刹の存在を知ってしまったことで京の治安を乱してしまうことに繋がるのであれば、殺す他ない、という事になった。
ひとまず事情を聞いてから、雪村千鶴と名乗った少女の対処を決めるらしい。
「父様は、雪村綱道という蘭方医で―――」
少女がその名前を口にした瞬間、広間の空気が変わった。
雪村綱道。綱道さんといえば、私も会ったことがある。その人は新選組でも行方を探しているところだった。
「綱道さんの娘さんなら、殺す訳にも行かないですよね」
「千陽の言う通りかもしれませんね。綱道さん探しにも、役立つ存在ですし」
「……昨夜の件は忘れるって言うんなら、父親が見つかるまでお前を保護してやる」
土方さんも、綱道さんの娘となれば、とうとう殺す訳には行かないと思ったらしく、面倒臭そうに言い放った。
「ま、まあ、女の子となりゃあ、手厚く持てなさんといかんよな」
「……私は?」
「新ぱっつぁん、女の子に弱いもんなあ……。でも、だからって手のひら返すの早過ぎ」
「…ねぇ、私も女の子」
「いいじゃねえか。これで屯所が華やかになると思えば、新八に限らず、はしゃぎたくもなるだろ」
「ちょ、左之さんまで!私じゃ華やかになんないってこと!?」
「…お、そういや、お前もいたんだっけな。お前、そこら辺の男より男らしいから」
「あはははは!確かに、千陽ほど度胸があって肚が座ってるのなんて、男でもなかなかいないからね」
「…左之さんも総司も、褒めてんの?それ」
総司は爆笑しているし、左之さんも新ぱっつぁんも平助も、確信犯としか思えない。他の幹部のみんなも、このやりとりを見て苦笑いしていた。
※※
「隊士として扱うのもまた問題ですし、彼女の処遇は少し考えなければなりませんね」
そう言い出したのは山南さん。
確かに、彼女を隊士としては扱えない。前に龍之介という少年が新選組に来た時も、その部分は曖昧なままだった。
「なら、誰かの小姓にすりゃいだろ?近藤さんとか山南さんとか――」
「やだなあ、土方さん。そういうときは、言い出しっぺが責任取らなくちゃ」
「ああ、トシのそばなら安心だ!」
「そういうことで土方君。彼女のこと、よろしくお願いしますね」
「……てめぇら……」
土方さんは、面倒はごめんだ、とでも言うように誰かに押しつけようとしていたけど、失敗したようだ。
面倒臭そうにため息をついた土方さんは、私の方を見た。
「…私は小姓はいりませんよ!」
「……小姓じゃねぇよ。お前も彼女の面倒見てやってくれ。世話役が女のほうが、何かと都合がいいだろ」
正直に言うと面倒臭い。
しかし、みんなに事情を聞かせると言ったのも私なわけで、男には相談しにくいこともあるかも知れないし、この子の面倒を見る義務が私にはある気がした。
「分かりました」
「じゃあ、とりあえず今日はもういいな。部屋に連れていってやってくれ」
「はーい。それじゃ、失礼します」
少女を促して、一緒に広間を出る。
とくに話すことも見つからず、無言で廊下を歩いていると、彼女が先に話し掛けてきた。
「あの…、千陽さん、お仕事増やしてしまって、すいません」
「お仕事?」
「私の面倒を見なきゃならないんですよね」
「ああ、いいよ全然。殺されなくて良かったじゃん」
「それも、千陽さんが事情を聞かせようって言ってくれたお陰ですし」
「あはは!綱道さんに感謝してよ。お父さんのお陰で殺されなかったんじゃない?」
「はい、でも、ありがとうございます」
「いーえ。それと、呼び捨てでいいよ。私と年変わらないでしょ?」
「……千陽、ちゃん?」
「…うん、まあ、いいか。よろしくね、千鶴!」
そう言うと、千鶴は嬉しそうにふわっと微笑んだ。
そう言えば、千鶴がここに来てから、初めて見た笑顔だったかも知れない。