今年の春、俺の妹がこの学園に入学した。

中々に世話がかかる妹だが、明るく人当たりのいい性格や、笑ったときの愛嬌のある顔、天真爛漫な振る舞いなど、兄である俺から見ても魅力的な、自慢の妹である。

となれば当然、悪い虫が寄って来ることもあるわけで、物心ついたときには、俺がナマエを守るのは当たり前のことになっていた。

そして今日、ついに悪い知らせが届いた。

「おい、斎藤」
「土方先生」

「お前の妹なんだがよ、」
「…ナマエが何か問題でも起こしましたか?」

「いや、そういう訳じゃねぇんだ。…風間っているだろ?生徒会長の」
「はい。存じています」

「風間が、お前の妹に目ェつけてるらしい」
「な…!」

「変なことされねぇように、気をつけてやってくれ」
「わ、分かりました…。ありがとうございます」

と、言う感じだ。
風間と言えば、相応しい嫁が見つからないという理由で留年し続けている、理解不能な奴だ。
噂によれば、土方先生と同級生らしい。意味が分からない。

そんな常識の欠片も持ち合わせていなさそうな奴に、ナマエが目を付けられたとなれば、これ以上に恐ろしいことは無い。

何とかして、風間にはナマエから手を引いて貰わねばならん。
いや、力尽くでも手を引かす他ないだろう。

そう思い生徒会室を目指して歩き始めた俺の前に、恐れていた光景が飛び込んできた。

「いい加減、"はい"と言ったらどうだ?」
「何回も"いいえ"って言ってるじゃないですか!」

「いいから俺の嫁になれ、斎藤ナマエ」
「だから、なりません!」

「本当に変な女だなお前は。大抵は女から俺に擦り寄って来ると言うのに」
「他の人は知りませんけど、私は嫁にはなりませんよ」

「強情な奴め。…まあいい、茶でもしていけ。栗きんとんを用意してある」
「…え、栗きんとんあるんですか?」

そう言ってナマエの肩に手を置く風間。その手を放せ、その手を!

ナマエもナマエだ。いくら大好物の栗きんとんがあるからと言って、のこのこと付いて行くな!
小さい頃に食べ物に釣られて誘拐されかけたことを忘れたのか!

そして風間は何故ナマエの大好物が栗きんとんだと言うことを知っているのだ!

次々と湧いてくる怒り。

気が付けば俺はナマエと風間の元へ駆け出していた。

「待て!」
「あ、お兄ちゃん!」

「ほう、兄のお出ましか」
「ナマエの肩に置いている手を放せ」

「何故だ?こいつは俺の嫁となる女だ。構わんだろう」
「放せ、と言っている。それとナマエはお前の嫁になどやらん」

「それはお前が決めることではない。俺とこいつの問題だ」
「先程もナマエは断っていただろう。しつこい男だな。醜いぞ風間」

ナマエの腕を引っ張って、俺の側に引き寄せる。
物凄い勢いで睨み合っている2人の間でおろおろと狼狽えているナマエも、小動物のようで可愛らしいな、と頭の片隅で冷静に思った。

「あ、あの、お兄ちゃん」
「何だ?変なことをされていないだろうな?」

「だ、大丈夫。大丈夫だから」
「…そうか。なら良い」

「ふん、いつまでも妹の傍をチョロチョロと。そろそろ妹離れでもした方が良いのではないか?高校生にもなって情けない」
「ちょっと風間さん!お兄ちゃんのこと悪く言わないで下さいよ!」

「!ナマエ…」

ナマエが風間に突っ掛かったのを見て、少し驚く。
しかし俺を思いやってくれた言葉は、単純に嬉しいものだった。

「…妹も妹、か。兄妹揃って救いようが無いな」
「悪いが、誰もあんたに救いなど求めていない。大人しくナマエから手を引いたらどうだ」

「まあいい、今日のところは手を引いてやろう。そいつが卒業するまで、まだ時間はあるわけだしな」

そう言い残して生徒会室に戻っていく風間。
去り際に"いつでも栗きんとんを用意して待っているぞ"とナマエに言い残して行った。

「栗きんとん…」
「…栗きんとんに釣られるなよ。大体だな、お前が小4のときに飴をあげると言われて見知らぬ男に誘拐されかけたのを…」

「わ、忘れてないよ!分かってるって、食べ物に釣られたりしないから!」
「お前の"分かってる"は信用できん」

「お兄ちゃんは過保護なんだよー」
「お前が手のかかる妹だからだ。ほら、帰るぞ」

「はーい。…あ、お兄ちゃん」
「何だ」

「……ありがとね」

そう言って、照れ臭そうに笑う。
それは、廊下に射し込む夕日に照らされて、とても綺麗に俺の胸に染み込んだ。

この笑顔をずっと俺が守ってやろうと、再び強く思うのだった。



そこに在る世界



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