「………げ」

雨は嫌いだ。

昇降口で立ち尽くす私は、雨を止ませるような神掛かった術は残念ながら持ち合わせていないので、ざあざあと音を立てて打ち付ける雨に悪態を吐くことしか出来なかった。
ついでに傘を持っていけと言ってくれなかった母にも悪態を吐いてみる。

「………」

いやいやいや、お母さんは悪くないな、うん。
ごめん、お母さん。天気予報くらい自分で見ろよってね。

罪の無い母にまで舌打ちしてしまうなんて、雨は靴だけじゃなくて私の心までどろどろにするらしい。
だから雨は嫌いなのだ。

「はぁ…」

それにしてもどうしたものか。
いつもならこのまま突っ切って行ってしまっても構わないのだけど、タイミング悪く、今日着ているカーディガンは、昨日洗ったばかりの柔軟剤のいい香りがするものである。
せっかく洗ったのに、勿体ない気がしてならない。

が、しかし、止む気配の無い雨が止むのを待っていられるほど、私は待つのが好きではない。

背に腹は変えられない、カーディガンならまた洗えばいいし。

そう思って外に出ようとした瞬間、目の前に青い傘が差し出された。

「濡れて帰る気か。風邪を引くぞ」
「……え?」

差出人は、同じクラスの斎藤くんだった。

斎藤くんは押し付けるように私に傘を渡したあと、自分は傘も差さずに外へ出ようとしている。

「いや、ちょ、待って斎藤くん」
「何だ?」

「傘、いいよ、斎藤くん濡れちゃうじゃん」
「俺は構わん。傘が無くて困っているのを見て見ぬふりでもして、ミョウジが風邪でも引いたら後味が悪い」

「私に傘貸したせいで斎藤くんが風邪引いたら、私こそ後味悪いよ」

斎藤くんは沖田くんと並んで剣道部のエースな訳で。しかも近々試合があると聞いた。

そんな人を雨に曝すなど、尚更出来る筈がない。

正直、斎藤くんがなぜ私にそこまでしてくれるのか分からない。
クラスが一緒で、一度だけ席が隣になって、でもそこまで話をしたことがある訳でもない。

しかし、それだけの関係だった斎藤くんに密かに恋心を抱いている私が居るのも事実だ。

そんな私からすれば、斎藤くんが気に掛けてくれるのは実はとても嬉しいことだったりする。

でもそれは斎藤くんから傘を借りる理由にはならないので、今度は私が斎藤くんに押し付けるように傘を渡す。

「今風邪引いたら困るでしょ?だから斎藤くんは傘使って」
「……それならば、」

「ん?」
「それならば、ミョウジが傘に入ってくれれば、俺も傘に入る。…これで、いいだろう」

そう言った斎藤くんの頬は赤色に染まっていた。

それって、つまり、

「…あ、相合傘」
「…………嫌、か?」

「う、ううん!嫌じゃない!」
「そうか」

「じゃあ……お邪魔、します」
「…ああ」

安堵したようにゆるやかに口角を上げる斎藤くん。
まさかあの斎藤くんと相合傘をしているなんて。

嬉しすぎて、うっかり雨が大好きなってしまいそうだ。



青い傘


odai*10mm




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