ひとりの男が傷だらけになりながら地面を這って、私の足にすがり付いてくる。
ぬるりとした血の感触と、男の悲鳴にも似た懇願の声が聞こえてくる。
殺さないでくれ、助けてくれ…。男の目から流れる液体は、涙なのか血なのかも分からない。
その男は、私が人生で一番最初に殺した男だった。
「………っ!」
起きた時にはまだ日は登りきっておらず、べっとりと体に張り付いた汗のせいで、奇妙な寒さに襲われた。
さっきの夢が脳裏に焼き付いて離れない。
私は、もう数すら分からない程、人を斬り殺してきた。
私の刀も、髪も、肌も、手も、計り知れない程の血を吸ってきた。
男の顔を思い出して、ぶるりと震えた。
汚い、私は汚れている。
気持ち悪さと嫌悪で、井戸まで駆け出した。
外の寒さも、水の冷たさも全く感じない。
気付けば、ただひたすら井戸の水で手をこすり続けていた。
「…はぁっ、……っ」
まだだ。まだ汚れは落ちない。
あの男の憎悪も、他の斬り殺してきた奴らの恨みも、こんなものじゃまだまだ落とせない。
このまま肌が擦り剥けて、例えば肉や骨が見えてしまうまでこすり続けても落ちるものではないと分かっているけれど、それでも気持ちが収まらずにひたすらこすり続けた。
「っおい、ミョウジ、何をしている…!」
不意に後ろから肩を掴まれる。
こんな朝早くに活動を始めている人は一人しか知らない。斎藤さんだ。
「…っ、斎藤、さん…」
「今の様子、ただ事ではないだろう…。どうした?」
「ゆ、夢に、初めて殺した男が出てきて…」
「……」
「それで…、自分が気持ち悪くて…あの、」
「………」
「斎藤さん、私…、やっぱり人を殺すの、向いてないんでしょうか…?」
ぼろぼろと涙が溢れだす。
恐怖と、不安と、自分への不甲斐なさと、斎藤さんが来てくれたことへの安心感と、色々なものが混ざった涙だ。
「俺も、怖くない訳ではない」
「……………え?」
「お前と同じ様に、自分が分からなくなる時もある」
「斎藤さんが…?」
「ああ。俺とて、ひとりの人間だ。時には恐怖や不安に押し潰されそうになる」
「…そういうとき、どうしてるんですか?」
「……ここに来た意味や自分の役割を、思い出す」
「…私には、あまり自分の役割が分かりません」
斎藤さんは少し哀しそうに言った後、芯まで冷えた私の手を両手で包み込んだ。
「分からずとも良い。俺が、お前が闇に染まってしまわぬよう、見ておいてやる」
だから、と斎藤さんは少し口元を緩めた。
斎藤さんに包み込まれた冷たい手が、少しずつ斎藤さんの温度に近づいていく。
「お前も、俺が闇に堕ちてしまわぬ様に、見ておいて欲しい」
この光を頼りにおいで
odai*chien11