2年前に、好きな人が出来た。

恋だとか好きな人だとか、そんなものは女子高生なのでよくある話だ。
2年間想いが伝えられずにいる子も、まあ、いると思う。

同級生や後輩や先輩になら、まだ望みはある。

しかし私が恋に落ちてしまったのは、よりもよって、先生だった。

そして、とうとう、卒業の日が来てしまった。

最後のHRも終わって、皆が下校し始めた頃、私は国語準備室の前で足を止めた。
先生は大抵この部屋にいて、私は窓から見える先生の姿を一瞬でも見るために、よくこの前を通っていた。
これからは、もう先生の姿を見ることは出来ない。今日この校舎を出てしまえば、私と先生の間には、何も繋がりが無くなってしまう。
そう思うと、どうしてもこの部屋の前から動けずに、ただ立ち尽くしていた。

不意に、後ろで響くスリッパの音。

「卒業、おめでとう」
「!……土方先生、」

心臓が飛び出るかと思った。
もう話せないと思っていた、先生がいたから。

「卒業出来て良かったじゃねぇか。お前、頭悪ぃのに」
「こ、古典は頑張ってたじゃん…!」

「ははっ、確かに、古典だけはずば抜けてたな。ありがとうな」
「うう、ん。先生が教え方うまいから…」

「でもあんな熱心に質問してきたの、お前くらいだよ」
「……古典だけは、良い点取ろうと、思って」

もうこの人と話すことはなくなる、そう思うと、目頭がじんわりと熱くなってきた。

「…どうした?」
「っ、なんでも、ない」

「泣くなよ。そんなに卒業が淋しいか?」

ぽん、と、頭に乗せられた手。
この大きな手にも、何度も見惚れて来た。
手から伝わる温もりが、私の押し込んでいた気持ちを、どんどん溢れさせていく。

もう、諦めようと思っていたのに。先生と生徒なんて、叶わないってことは分かっている。
だから何も言わずに、もうこの学校から去ろうと思っていたのに。
この手が、温もりが、そうさしてくれなかった。

「先生……、」
「ん?」

「………好きです」

涙と一緒に、溢れだした気持ち。
頭に置いてあった先生の手が、スッと離された。
それだけの事で、なぜかすごく寂しくなってしまう。

「………、」
「や、でも、無理っていうのは分かってる、から…。私の、気持ちだけ…」

「…それはただの大人への憧れとか、そういうのじゃねぇのか?」
「っ、違うよ!ただの憧れで2年間も好きでいれるわけないじゃん…!」

先生のことが好きだと自覚してから長い間、先生のすること1つ1つに一喜一憂してきたのだ。
この想いが憧れなんかじゃないってことは、胸を張って言える。

でも、困り果てた声で、憧れじゃないのか、なんて言われて、プラスに考えるなんて、無理だ。

「…あー、まあ、お前も今日で卒業だしな。今日から俺たちは、生徒と先生じゃなくなる訳だ」
「………え?」

「ってことは、恋愛関係に発展しても問題はねぇよな」
「は…、どういう、意味」

「…分かんねぇか?」
「わ、わかんない…です」

ゆっくりと先生の腕が伸びてきて、私をすっぽりと包んだ。

「こういう事だよ」
「えっ、ちょ、先生…!?」

「取り敢えず、ここの校門を出るまで、お前はここの生徒だ。これ以上、手は出せねぇな」

ちょっと紙とペン出せ、と言われて、慌てて鞄をさぐる。

「あった、紙とペン…」
「お前のアドレスと携帯電話書け」

「う、うん」

緊張のあまり、なかなかアドレスと携帯電話が思い出せなかった。字も手が震えたせいでガタガタだし、なんとも格好悪い。

書き終わると、その紙は先生のポケットにしまわれた。

「じゃ、仕事終わったら連絡するからよ。期待して待っとけ」
「期待…、していいの?」

「どんだけでも期待していいぜ」
「じゃあ、期待、しときます…」

「ああ、じゃあな。気を付けて帰れよ」
「うんっ!先生、さようなら!」

背中を向けて歩き出した先生が、ぶっきらぼうに手を挙げた。

先生と学校で交わす「さようなら」も、これで最後だけれど、さっきまでと違って全然寂しくなかった。

嬉しさとドキドキで、友達が待っているはずの駅まで、走って向かう。




手を伸ばしてもいいですか


odai#プシュケ




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