そんな日々を暫く過ごして、気が付けば私のお母さんとお父さんになる二人が迎えに来る日が明日まで迫っていた。荷物は最低限、着替えも生活に必要な雑貨も全て持ってこなくていいと言われた。教科書を鞄に詰め込んで、それでおしまい。がらんとした部屋はさようならと言っているみたいに見えた。窓の外は暗くて、あと何時間で私はヒロトと離れるのかなんて考えてまた泣きそうになった。 「昴」 ひっそりとした声と窓を叩く音を聞いたのは丁度その時。カーテンを開けると着込んだヒロトが白い息を吐きながら手招きをしていた。 「ひ、ヒロト、ほんとに大丈夫?怒られない?」 「大丈夫だよ。誰も見てなかったから」 「でも、わかんないよ……」 「信じて、大丈夫だから」 言いつけを破ったことがなかった私にとってそれは初めての大冒険だった。お日さま園の裏にある山、私の手を引くヒロトだけを頼りにして真っ暗ででこぼこした道をひたすら上へ進む。前から後ろに流れて行く景色を追う暇もなく、しまいには二人分の呼吸音しか聞こえないようになった。 誰も何も声を発さない息切れの隙間で、何故か私はこの手引き無しで、これから歩かなければならないと強く思った。こんな険しい道だって私だけで進まないといけない。そうだ、明日から私は一人で立つ。誰の助けも借りずに、一人だけで。 ヒロトが足を止めたから、私は一歩進んで横に並んだ。もうこの人の後ろで縮こまるわけにはいかない。フィールドの上でしか自力で立てない私には手を振らなければならないのだ。 「……う、わあ……!!」 ヒロトの背中越しじゃない初めての景色。広がっていたのはどこまでも澄んだ満天の星空だった。 真っ暗な山道とはがらりと変わった夜空。今にも降ってきそうな星が瞬いて、二人は照らされた。 「すごい……」 「昴、オリオン座はわかる?」 「えっ、と……あそこ?」 「そう。あれを右上に辿っていって」 「星……の、塊?」 「うん。あれさ、昴っていうんだ」 私の名前。噛み締めるみたいに呟いて、自然と涙が頬を撫でた。悲しくはないことは確かだけど、私はこの涙の意味を知らない。何個にも連なって輝くそれを見つめたまま静かに泣く。「一番真ん中の、ひときわ明るい星はアルキオネ」ヒロトが呟いた。「アルキオネ……」涙は未だ溢れる。歪む視界の中で、ヒロトも泣いていた気がした。 「ヒロト」 「なあに」 「ずっと一緒だよ」 「うん。離れてても、いつでもどんなときでも一緒だ」 「絶対会いに来るから」 「俺が会いに行くよ」 繋いだ手は離さずにいよう。 いってきます。 いってらっしゃい。 ♪:君の知らない物語 ♪:星空 化物語音楽全集より |