作品 | ナノ


ヒロトは私の救いだった。お日さま園にいた頃の内気で泣き虫で甘ったれの私の前に立っていたのはいつだってヒロト。あいつの鮮やかな赤い髪は私の目印で、よくよく考えてみれば視界に入っていないことなんてほとんど無かった。

昔の自分のことはあまりよく覚えていないけど、あいつとの思い出は記憶の中できらきらと弾けている。
はじめて彼と出会った時のことも然り。ひとりぼっちでブランコを漕ぐ姿は寂しげで、きっと私よりずっと辛いことがあってここに来たんだと本能的に悟った。幼い子供ならではの好奇心に導かれて、気づいたら私はブランコへ足を向けていた。

「……ね、え、ひとりでなに、してるの?」

私から他の子に声をかけるなんて初めてだった。がたがたと震えて今にも泣きそうになりながら絞り出した声。無視されたらどうしようとか、くだらないことを考えた。

「みんなを見てるんだ」

弾かれたように顔を上げるとあいつは寂しげに笑った。私とあいつのファーストコンタクト。



「……見てるだけ、って、楽しい?」

「楽しい……かどうかはわからないけど、寂しくはないよ」

嘘だ。改めて近くで見たのヒロトの微笑みはぎこちなさが含まれていた。寂しくない人がそんな悲しそうに笑う筈がないんだ。だからどうにかちゃんと笑って欲しくて、ヒロトと仲良くなろうって決めたんだっけ。

「そうなん、だ、えっと……」

「ヒロトだよ」

「え?」

「ヒロトっていう名前なんだ、おれ。君は?」

「……すばる……、鳴海、昴」

「昴はみんなとは遊ばないの?」

「……こわい、から、いや。他の人と喋るの、すごく怖い。あっ、その、ヒロトくんは、別だよ……?あと、玲名ちゃんとか、瞳子お姉ちゃんとか、も、別」

なのに、いつの間にか開け放たれていたのは私の心で。自分を守って殻に閉じ籠っていた昔の私を、優しいぬくもりで溶かして、受け入れてくれた。暗い海の底から引き上げられるような、そんな心持ちさえした。


「ヒロトって呼んでよ。おれが昴をずっと守るから、人が怖いなんて言わないで」


その言葉が胸にすとんと落ちた時、たぶん私は既にあいつを好きになっていた。恋心なんてまだ分かる年では無かったけれど、その瞬間にヒロトが見せた笑顔に引き込まれていったのだ。
だって、あんなに綺麗に笑うなんて知らなかったから。






いつどんな時も周りの人より一歩も二歩も下がっていた私の目の前を、その日から赤色が守り始めた。手を繋いだままヒロトの背中に隠れて覗き見るようにする私を時々振り返って微笑むあいつ。「大丈夫だよ」そうは言っても決してそこを退こうとしなかった。それが、とても嬉しかったんだ。

そんな私が唯一ヒロトと並んで世界を見ることが出来たのがサッカーだった。FWの私とヒロトは二人で一緒に走って、時には私があいつより前を進むことだって当たり前で。だから誰よりもサッカーが上手くなりたくて、誰も見ていない所でボールを蹴ったものだ。



でも、人生って残酷だ。いとも容易く私たちから大切なものを奪っていく。しかも、それに前触れはない。


私はもうすぐ六連昴になるらしい。突然お父さんからその事を知らされたときに、真っ先に思い浮かんだのはヒロトのあの笑顔だった。


「昴、引き取られる、って本当……?」

「う、ん……っ」


やだよ。ヒロトと離れたくないよ。ヒロトが居なかったら私、生きていけないよ。怖い。引き取られたら何が待っているんだろう。虐待とか、かもしれない。意地悪な兄弟がいるかもしれない。やだよ。そんなところ、行きたくないよ。ヒロトとずっとずっと、一緒に居たいよ。

言いたいことは沢山あった。ヒロトにすがり付いてこの気持ちをぶつけたかった。だけど、それを遮るようにとめどなく溢れる涙と嗚咽にただただ立ち尽くすのみ。次に目を開けた時、世界のほとんどが色を失った。

分かるのは赤色だけ。


小学校中学年あたりだったような、気がする。中途半端に発達した精神に大きな傷跡を残すには充分すぎる年齢。涙が枯れるまで泣いて、わけがわからなくなった。私を見て瞳子お姉ちゃんは悲しそうに目を細めたけれど、それきり。




♪:深海少女



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