※完全にif設定 「クリーチャー、あとは頼んだよ」 やっとのことで言葉を紡いで、僕は背中から湖へ落ちた。脚を、腕を、首を、無数の手に掴まれ暗い暗い水底へ、沈んでいく。視界が霞み、脳が酸素を求めて悲鳴をあげた。呪文を唱えることはおろか、杖を掴むことさえままならない。 これで良かったんだと、鼓膜でもがく水の音を聞きながら僕は思った。ただ心残りがあるとすれば、分霊箱の破壊を見届けられなかったこと、残されたクリーチャーのこと、兄さんのこと、それと。 「カル、ラ……」 何も言わずに、ここまで来た。 死喰い人に足を踏み入れてしまった僕は、彼女を幸せには出来ないだろう。闇の帝王に仕えることで、強くなれると思っていた。強い人が好きと、そう言った彼女の理想に近づけると。「お前は間違ってんだよ」兄の台詞が頭を過る。ああそうだ、僕は、間違っていた。 彼女は僕の死を知って何と言うだろうか。怒るだろうか、悲しむだろうか。僕は闇の帝王に恐れを為した臆病者だと、いっそのこと軽蔑してくれたらいいのに。そう思ってくれた方が、カルラは幸せになれる。 僕はどうしようもないくらいに、カルラ・ハクスリーのことが好きだった。 泡が揺れるように、脳裏には彼女の姿が映し出されていた。走馬灯。途切れる意識。僕は家族を、そしてカルラを守りたかった。 ……果たして、僕にはそれが達成できたと言うのだろうか。口をつぐんで、一人で死にゆく選択をしたことで、僕は大切な人を守れたと言うのだろうか。気付いた時には、遅かった。いつだって何もかも、遅すぎたのだ。 「アセンディオ!」 彼方で声が聞こえた。意識を手放しかけたその時、突如として上へ上へと強い力で引っ張られていく。亡者達も負けじと僕を湖の底へ引き摺り込んだが、ぐんぐんと近づく水面にとうとう諦めたように手を放した。酸素を求めて開けた口が、大きく水を吐き出すのが解った。くらりくらりと頭が揺れる。硬い岩肌を背中に感じてから暫くして、漸く僕の目がその人を捉えた。 「レギュラス!」 「カルラ……?」 彼女の泣き出しそうな青い瞳に、殆ど死にかけで横たわる僕が写っている。レギュラス様、と、震える声のクリーチャーが呟いた。 「……カルラ、泣かないで、下さい……」 目の端に溜まった雫をおぼつかない指先で拭う。その指先を暖かい手が包んで、つめたい手の平は濡れた頬に宛てられた。新しい涙が溢れて僕の手を伝っていく。 「一体、何を、しているのですか、レギュラス・アークタルス・ブラック!」 凛とした、でも焦りを含んだ声が洞窟に響き渡った。僕はなんだか母親に叱られたような気分になってびくりと震えた。眉間に強く深く皺を刻んで真っ直ぐに僕を射抜く。目が反らせなかった。こんな風にカルラから怒られるのは、生まれて初めてのことだった。 「何も告げずに一人で死ぬなんて、そんなの、誰が望んだと言うのですか!それで何かを守ったつもりですか!?」 「っ……そうに、決まってるじゃないですか、僕は、あなたを、」 僕の手首を握っていた彼女の手の力がぎゅっと強まった。ひどく傷ついたような表情で、今まで一度たりとも聞いたことのないような乱暴な口調で、彼女は確かにこう言った。 「この、大馬鹿野郎が!」 クリーチャーが「カルラ様!」と制止するのも振り払い、立て続けに口を開く。 「レギュラス、あのね、私を守ってくれたとしても、君が死んだら意味ないよ……」 「……でも、それでも僕は、みんなを……カルラを守りたかったんです……」 カルラは、だまって僕の手を握る力を強める。大きな瞳が瞬きをする度に新しい滴がこぼれ落ちた。 「レギュラスは、いつもいつも自分のことはそっちのけにして……それが全部間違ってるとは言わないけど、でもね、君が居なくなることで私達がどんな思いをするのか、考えなかったの」 「もっと自分を大事にしてよ……」そう言いながら涙を流して懇願するカルラを前にどうすることも出来ずに、僕はただ「ごめんなさい」と声を振り絞った。徐に取り出された杖からあっと言う間に木片が飛び出し火が上がる。どんな時も彼女は、彼女の魔法は暖かい。乾いていく体と、満たされていく心。やわらかな微笑みを見届けて、目を閉じた。 ---------- というif話 レギュラスには生きててほしかったです カルラがどうやって洞窟に辿り着いたかは知らん この後レギュラスにはダンブルドアの助けを借りて隠居&暗躍生活を送ってほしいですほんとレギュラス生存ルートください |