作品 | ナノ



昴が逃げ出したらしい。ごくごく下っ端の研究員によって、逃がされたらしい。

「……昴」

1つずつ、昴の行動全てが確実に俺を砕いていく。きっと俺も、同じことをしているのだろうけど。それでも、だんだんと光を失っていく俺とは対称的なまでに、依然として昴は光を放ち続けていた。明るい方へ、明るい方へ、俺は眩しくて行けない所に何かを目指して彼女はひた走る。その「何か」の正体なんてとうに分かっていた。俺には、彼女の思うことは大体伝わる。……それも今ではあやふやな物になってしまったけれど。
どれだけ大切な人が自分とは反対の方向に行こうとも、追いかけていくことは許されない。それだけは許してはならないことだった。俺に残った軸はもう、父さんだけだ。心をじんじんと蝕む痛みを押し殺した。

「……グ、ラン」

パステルカラーのメッシュが入った髪を揺らして、いつのまにか翔……ギエナが俺を見上げていた。薄紫色の瞳が頼りなさげに揺れる。

「わたし、昴が逃げ出した分も、埋め合わせ……する、から」

「父さんにそう言われたの?」

「っ……」

息を詰まらせた彼女は俯く。ずきずき、また痛んだ。
ギエナは随分前から、精神的に不安定になりチームオペレーターの役割のみを果たしていた。目も当てられないまでに衰弱していた彼女を今こうして動かしているのもまた、父さんの意向があってのことだ。
父さんはいつだって正しい。そう思ってきたし、これからもそうである筈。間違っているのは、昴や円堂くん達で。言い聞かせる思考回路に、本能が問いかけていた。

ついさっき昴が「グラン」と呼んだとき、目にも止まらぬ速さで目映い光が目を焼いた。呼ばれ続けてきた名前が、たった一人に一度なぞられただけでどこまでも暖かくて優しいものに聞こえるなんて。どうしようもなく救われたみたいに鼻の奥がつんと熱くなって、一瞬だけきらきらと世界が輝いて見えた。それは今だって静電気みたいに、時たまぱちぱちと弾ける。身体中を何かが走る。
俺にはもう、父さんだけいてくれればいい。昴の逃走を知った時に決めた筈なのに、未だに欲しがっている自分がいる。昴、昴。俺がいないと何も出来なかった昴。俺の悲しみを自分に取り込んで泣いた昴。全部居なくなってしまったようだったけれど、単に俺の目に写っていなかっただけなのかもしれない。ねえ、もう一度、名前を呼んでよ。
でも、もう遅い。俺はまた、昴を捕まえられなかった。もう戻れないのだ、昴は完全に敵になってしまった。


「さあ、グラン」

お仕事の時間ですよ。行きなさい。
父さんの声が響いた。


「はい、父さん」




♪よだか/ピロカルピン






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