「ヒロト?どう、したの?」 あの時きみは泣いていた。 「なんでもないよ、昴」 涙を流さず泣いていた。 「……その、私、ヒロトのことなら、わかるよ?悲しそうだよ、すごく」 「俺も、昴の事ならわかるよ。話したら、きっと昴、泣いちゃう」 「……ヒロトが泣かないぶん、私が泣けるなら、泣きたいよ」 「……うん、」 それは、幼い心にはあまりにも酷すぎる真実だった。 「……っ、う……」 ヒロトが全て話し終わるのに時間は掛からなかった。ただ淡々と言葉をつむぐヒロトを見て、無理矢理に話させて良かったのかな、なんて今更ながら後悔した。短い中にぎゅっと詰め込まれた悲しい悲しいお話。話せば半分こになると思っていたけれど、なんだか私の分も加わって二人分になってしまったような気持ちがした。 やっぱり、ヒロトの言った通りだ。何の躊躇もなく、私は泣き出してしまった。そんな私を見てヒロトは、困ったように笑うだけだった。どうして。泣くべきなのは、あなたなのに。 次の日、ヒロトから聞いた場所に向かった。勿論誰にも秘密で、一人だけで。今日も変わらずブランコにぽつんと座る姿が遠目で見えた。息を潜めて入った部屋の、想像していたよりも見えやすい所にその写真は置いてあった。 写真の中で楽しそうに笑う、ヒロト。メダルを誇らしげに持ち上げる、ヒロト。でも、そこに居るのは私の知っているヒロトではなかった。こんなにも、こんなにも辛いことが、あっていいんだろうか。 これから一生、この事実を抱えて、あの名前を抱えて、ヒロトは生きていくの。そんなの、ヒロトは良くても、私は良くない。納得なんて、できない。「父さんが付けてくれた名前なんだ」まだ何も知らなかった時、ヒロトは確かにそう言って嬉しそうに笑っていたのを思い出した。私は、少なくとも私だけは、ヒロトの本当の名前を呼んであげたかった。そんなの知る由もなかったけれど。私は、―――。 「っ私は、」 ……ここへ来てから、嫌な夢ばかり見る。ふと感じた違和感に手を頬に当てると、うっすらと残る涙の後。また私は、泣いていた。最近はこんなのばっかりでもう、うんざりする。 おはようございます。いつもより気温が低い。小さな窓の外の霧も一層濃い。時計の針はまだ早朝を示していた。丁度、いつもならあいつが部屋を訪れる時間帯。けれども今日は、変わった所がいくつかあった。 今までより数十分遅めの訪問。オレンジの上着に、撫で付けられた赤い髪。いつもなら異様なユニフォームを着て髪を逆立てているにも関わらず、今日に限って私を手刀で失神させたあの夜と同じ格好。加えて、その表情。あくまで口角はつり上げたまま、目は歪められたまま、でもどこかいつもと違う何かを感じさせるそれだった。直感。ざわざわと身体中を何かが這い上がる。小さな変化でさえ、私の心に不安や期待をもたせるには十分なことだった。 「ねえ、選んで。俺たちと一緒に世界を変えるか、雷門の人達と一緒に後悔するか」 冷たい沈黙を押し出すように吐き出されたのは唐突な問いかけ。いや、もしかすると私達が再会した日からずっと、心の奥底の見えない部分でひっきりなしに伝えられていたのかもしれない。笑みをたたえたままに、「選んで」ともう一度。すぐそこまで何かのタイムリミットが迫ってるいることは一目瞭然だった。 「選べないわよ」 「どうして?」 「私の答えは、その選択肢にはないから」 何度も何度も頭の中で繰り返してきた。その度に襟を正す決心を、私は揺らがせるつもりはない。 「じゃあ、君の答えを聞かせてくれるかな?昴」 決してその名前では呼びはしなかった。決してその名前で呼ばれはしなかった。グランはヒロト、キオネは昴。この名前を付けたのはこいつだけど、思えば実際にそう呼ばれたことなんかなかった。私たちは結局一度たりとも、カタカナでつくられた名前に触れることは無かった。 「私は、」 求めている。そして、求められている。お互いに渇望している。昔も同じことをいったけれど、私はあなたのことなら大体わかってしまうの。ようやっと今、完全にその感覚を取り戻した気がする。 「雷門の皆と一緒に、貴方達を取り戻してみせるから。覚悟しててね、グランさん」 ---------- 補足的な ヒロトは心の奥底ではグランのことも認めて欲しかった。昴はやっとそこまで見抜けた。だからこそ最初で最後、「グラン」って呼んだみたいな……あ゛〜〜〜…… ちなみに最終決戦の朝でございます 補足でもわからない致命傷 書かなくても伝わるくらいの文才を下さい |