作品 | ナノ


私は星の使途研究所で働く、ただのしがない研究員でございます。といっても別段知識があるわけでも技能があるわけでもなく、ただお日さま園の園児だったということだけで、お父様にお情けをかけて頂いている身でございます。

さて、学校に通っていれば高校生であるところの私、お察しの通りあまり研究のお役には立っておりません。当然のごとくお仕事を頂けずに暇を持て余したこの身で、見てきたこと聞いてきたことを今日はお話したいと思います。


何日か前、かつてお日さま園で私たちと過ごしていた昴さまがここへといらっしゃいました。この計画が始まる直前に園を出ていかれた彼女のこと、私を含めエイリア学園の皆様はよくよくお覚えになられていらっしゃると思います。そうでなくとも、当時周りから比べればなんとなく異彩を放っていたヒロト……いえ、グランさまと唯一心を通わせていたと言っても過言ではない園児だった方ですので少なくとも記憶の片隅には存在している筈でございます。
そんな昴さまがいらしてから、研究所内はなんとなく、心なしか緊張感がいっそう張りつめたような、そんな雰囲気が強まった気が致します。特にギエナさまは、かつて翔だった頃から昴さまを苦手視していたような節がございましたので、相当精神が不安定になっておられます。ライトさまを見ても、なにやら昴さまを巻き込むまいと奔走なさっているご様子でした。
そして何を隠そう、グランさまの、昴さまへの執着にもにた振る舞いには他の研究員の方々も驚いていらっしゃいました。それまでは練習や試合が終わった後もふらふらと研究所内を歩き回り時たま私にも声を掛けるほど余裕があった彼が、まるで一秒でも長く昴さまと共にとでも仰るかのように、彼女が閉じ込められておられるお部屋に入り浸られるのです。その上彼はお部屋から出てきた後、決まって酷く傷ついたような、悲しそうな表情をなさります。どこか昔を見詰めているような、見ているこちらまで胸が締め付けられるほどに感情がひしひしと伝わって来るのです。それは例えるなら、一人の恋をする少年のそれでした。好きなお方の挙動に一喜一憂、そんな風に思わせました。もっとも、喜んだご様子など今までに一度も見受けられませんでしたが。しかしながら、昴さまとお話を終えた後のグランさまは、少しの間ヒロトに戻るのでした。いつも真意を決して除かせない笑みを浮かべておられる彼でさえ、その想いの前ではなにもかもが無力だった気がいたします。

以前一度だけ、昴さまのお部屋にお食事を運びに訪ねたことがございます。その身体には大きすぎるソファに腰かけこちらを一瞥した彼女は、本当にここ数日同じ部屋だけ、いわゆる軟禁状態で過ごしてこられた人間とは思えない程に美しかったのを覚えております。氷の様に眉一つ動かさずに私を見据える目は十二分に爛々と輝いておられましたし、引き結んだ口元からもまだ溢れる闘志がみなぎっていたように思えます。実はこれで二度目となる彼女との再会でしたが、一度目の彼女はグランさまの腕の中に大事に大事に抱えられてぐったりと眠っていらしたので、こうして起きている彼女とお会いするのは初めてとなります。
変わったなぁ、とごく自然に言葉が浮かび上がりました。私の覚えている限りでの昴さまは、いつも周りに怯えておられるような方だった筈なのですが。そう気付いて初めて、グランさまのお気持ちが少しだけ分かったように思えました。
きっと、私のことなんか覚えていらっしゃらないと確信していました。けれども私がご飯を乗せたお盆を昴さまの目の前に置いた時、彼女は確かに私の名前を呟いたのです。突然のことに肩が震え、恐る恐る私は返事を致しました。長い睫毛が伏せられ頬に影を落とす様に引き込まれそうになっていると、また彼女は仰いました。

「……あなたは、宇宙人ではないようね」

それきり黙りこんで、黙々とお食事を摂り始める昴さまのお隣に、無礼は承知ですがもう少しだけ側に居たいと願いました。立ち去らない私を、彼女はもう眼中におさめておられないご様子でした。
些か自意識過剰と思われるかもしれませんが、彼女の声音には少しの自嘲と皮肉に混じり、安堵に似た色がほのかに滲んでいた気がいたします。確かに私はただの研究員ですので特別なお名前などは頂いておりません。私が本名にあからさまな反応を示したことから、彼女はそれを弾き出したようでした。その洞察力に感心すると同時に、今までに彼女が他の「宇宙人」の方々とどのようなやりとりをしてきたのかが垣間見えました。

グランさまのあの表情を、昴さまはご存知なのでしょうか。あれほどに辛そうな顔をさせているのをご存知の上で、尚も彼女は彼を傷付けているのでしょうか。私には、二人はお互い言い表しようのないほどに好意を寄せ合っているようにしか感じられないのです。昴さまからはそういった表情こそ感じられなませんが、きっと時折すっと下りる瞼の裏では今にも零れ落ちそうな涙がゆらゆらと揺れているに違いありません。
彼らは確かに恋をしていました。数年の時を経て再び出逢えた彼らは、変わってしまっていたお互いを拒みながらも想っていました。

そんな、歪な気持ちを交差させて生きる二人の恋愛は、恋愛のように見えて戦いでもありました。戦争、でした。







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