作品 | ナノ


「ん……」

とても酷い夢を見た。暗い暗い海の中を、水底に向かって沈められる夢。重りがついたみたいに全く四肢が動かない中、気が付けば目の前に現れていた誰かがこの首を掴む。霞む視界の中やっとの思いで見えたその人の正体は、幼いままのヒロトだった。彼はあの日と同じとびきり優しい笑顔で微笑んで、それから力を強める。
酸素が足りない。この海は、きっとどこまでも深く、どこまでも冷たい。肺が捻り潰されるような痛みに夢中でもがいても、聞こえるのは波と泡のこえだけ。目が覚めたら、私は涙を流していた。




「気分はどう?」

部屋中に響いた声に身を強ばらせる。出来れば、この状況に至るまでの一連の出来事も、この状況さえも、夢ならば良かったのに。

「最悪よ」

「ハッキリ言うなあ。ま、じゃあ寝起き早々悪いけど、プレゼンテーションさせて貰うね」



現状把握やこれからの解決法を考える間も与えられずに説明されたのは、エイリア石のメリットのこと。それによって作られる人間がどれほど優秀かということ。まだぼんやりとする頭にはやや酷な話が休むことなく流し込まれた。瞳子お姉ちゃんから聞いた以上に、事は面倒くさい方向の話らしい。

「父さんの完璧な計画だからね。俺達が負けない訳がない。だから昴、君は俺と共にいた方が安全で、幸せになれるよ」

ああ、あなたは誰。いつからそんな、盲目で愚かな人間になってしまったの。

「随分な自信ね」

「勿論さ。……暫くしたらまた来るから、考えながらもう少し休むといい」

そう言い残して部屋を出ていった彼を横目に、必死で頭を起こす。痛む背中と首筋に苛立った。灰色一色、無機質な部屋の冷たい空気が肌を刺す。


現状整理をしなければ。

見た限りでは、かなり広い部屋にベッド、クローゼット、テーブルとソファ。長期間この部屋で私を洗脳でもするつもりなのだろうか。それとこの設備の良さは、十中八九奴らの本拠地で間違いない。どうせ辺鄙な土地にあるんでしょ、本当に何考えてるのかしら。……とすれば、容易に脱走は出来そうもない。仮に逃げられたとしてもここの外がだだっ広い庭だとすれば秒殺……か。


他にも問題は山程あった。私に残されたタイムリミットがどれくらいかとか、エイリア学園側が私をどんな形で使おうとしているのかとか。でもそれ以上に何とかしておかないといけないのは、自分自身の気持ちの整理。


「君は俺と共にいた方が安全で、幸せになれるよ」

意識なんてしなくても、気付いてしまったのだ。噛み締めるように紡がれた言葉。あの時私を捉えたヒロトの眼差しから溢れていたのは、どうしようもないくらいの愛情だった。
生い立ちや性格上、他人のそういった類いの感情を感じとるのには昔から長けている。今でも彼は、私を好いてくれているのだろう。歪んだ形で約束を守ろうとしているのだろう。計らったように痛み始める心臓が泣きそうに限界を訴えた。こんなの、望んでなかった、のに。

どんな時も、世界は私に優しかった。辛いことから私を守ってくれたヒロトや、私を欲しいと言ってくれた六連の両親。それに、雷門のみんな。他校のみんな。いつだって、知らず知らずのうちに必要としていたものは与えられた、気がする。今思えばとても恵まれている私なのに、これ以上何を求めることが出来ようか。何を与えられようか。

「……そうよ、待っているだけじゃ、駄目なんだわ」


私が今いちばん欲しいもの。目の前にあるのに、ずっとずっと遠くにあるもの。それでも大丈夫、私は私のこの手のひらで、それを奪い取りにいってやる。

優しい世界を飛び出したこの宇宙でだって、きっとなんだって出来る、私なら。






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